よくある相談内容を記載しました。

相続、遺言書についての相談

質問1
私と妻には、子供がいません。そのため、遺言書がなくても、全ての財産は、妻が相続するのではないでしょうか。
質問2
婚姻届は提出していない夫婦でも、10年以上一緒に暮らしている場合には、夫が亡くなった場合、婚姻届を出している妻と同じように相続権があると知り合いから言われたのですが、本当ですか。
質問3
財産の全部を長男だけに相続させたいのですが、どんな遺言書を書けばいいですか。
質問4
長男の嫁にも遺産を分けるには、どんな内容の遺言書にしたらいいですか。





協議離婚についての相談

質問1 
財産分与や慰謝料は離婚手続後でも請求できますか。
質問2
養育費は離婚手続後でも請求できますか。
質問3
離婚の際、結納金は返してもらえますか。
質問4
協議離婚後、夫には子供と会わせたくありません。養育費を受け取らなければ、夫の面会権を認めないことができますか。
質問5
日本人の夫と離婚する時外国人の私が特に注意することは何かありますか。



VISA 重要判例 
在留資格の申請に際して、審査の基準となりうる判例をまとめました
          


平成10年から平成12年の在留資格申請に関する判例
・東京地方裁判所 平成10年(行ウ)第23号
・東京地方裁判所 平成年10 年(行ウ)第77号
・東京地方裁判所 平成11年(ワ)第11859号
・東京地方裁判所 
平成12年(行ウ)第211号

  • 東京地方裁判所
    平成10年(行ウ)第23号
    平成10年12月25

    主文
    一 原告の請求を棄却する。
    二 訴訟費用は、原告の負担とする。

    事実及び理由
    第一 原告の請求
     被告が原告に対し、平成九年一一月一一日付けでした在留資格認定証明書不交付処分を取り消す。
    第二 事案の概要
     本件は、中国(台湾)国籍を有する外国人で、日本人男性と婚姻関係にある原告が、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)七条の二第一項に基づき、被告に対し在留資格認定証明書の交付を申請したところ、被告から、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由として、右証明書を交付しない旨の処分を受けたため、原告が、これを不服として、右処分の取消しを求めている事案である。
    一 関係法令の定め
    1 外国人の上陸拒否事由
     法五条一項は、外国人の本邦への上陸拒否事由について規定しているところ、同項四号及び七号に掲げられた上陸拒否事由は、次の(一)、(二)記載のとおりである。
    (一)四号
     日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者。ただし、政治犯罪により刑に処せられた者は、この限りでない。
    (二)七号
     売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事したことのある者
    2 入国審査官の審査
    (一)本邦に上陸しようとする外国人(乗員を除く。)は、その者が上陸しようとする出入国港において、法務省令で定める手続により、入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならないところ(法六条二項)、法七条一項は、入国審査官は、右の申請があったときは、当該外国人が次の(1)ないし(4)記載の同項各号(法二六条一項の規定により再入国の許可を受け又は法六一条の二の六第一項の規定により交付を受けた難民旅行証明書を所持して上陸する外国人については、一号及び四号)に掲げる上陸のための条件に適合しているかどうかを審査しなければならないと定めている。
    (1)一号
     その所持する旅券及び、査証を必要とする場合には、これに与えられた査証が有効であること。
    (2)二号
     申請に係る本邦において行おうとする活動が虚偽のものでなく、法別表第一の下欄に掲げる活動(五の表の下欄に掲げる活動については、被告があらかじめ告示をもって定める活動に限る。)又は法別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位(永住者の項の下欄に掲げる地位を除き、定住者の項の下欄に掲げる地位については被告があらかじめ告示をもって定めるものに限る。)を有する者としての活動のいずれかに該当し、かつ、法別表第一の二の表及び四の表の下欄に掲げる活動を行おうとする者については我が国の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案して法務省令で定める基準に適合すること。
    (3)三号
     申請に係る在留期間が法二条の二第三項の規定に基づく法務省令の規定に適合するものであること。
    (4)四号
     当該外国人が法五条一項各号のいずれにも該当しないこと。
    (二)なお、法七条二項によれば、右(一)記載の入国審査官の審査を受ける外国人は、同条一項に規定する上陸のための条件に適合していることを自ら立証しなければならないとされている。
    3 在留資格認定証明書制度
    (一)法七条の二第一項は、被告は、法務省令で定めるところにより、本邦に上陸しようとする外国人(本邦において法別表第一の三の表の短期滞在の項の下欄に掲げる活動を行おうとする者を除く。)から、あらかじめ申請があったときは、当該外国人が法七条一項二号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる旨規定している。
    (二)法七条の二第一項の規定を受けて、法施行規則六条の二は、在留資格認定証明書制度について具体的に定めているところ、同条五項は、その本文において、在留資格認定証明書の交付申請があった場合には、被告は、当該申請を行った者が、当該外国人が法七条一項二号に掲げる上陸のための条件に適合していることを立証した場合に限り、在留資格認定証明書を交付するものとする旨規定し、そのただし書において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定している。
    二 前提となる事実
    (以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
    1 原告の国籍等
     原告は、一九五四年(昭和二九年)七月二五日、中国(台湾)において出生した、中国(台湾)国籍を有する外国人女性である。
    2 第一回目及び第二回目の入国及び出国の状況等
    (一)(1)原告は、昭和五九年六月二日、平成元年法律第七九号による改正前の法(以下「旧法」という。)四条一項四号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四−一−四」という。)及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸した。
    (2)原告は、その後、在留期間更新許可を受けて本邦に在留中、昭和五九年一一月二〇日、前夫である日本人男性と婚姻し、昭和六〇年一月九日、被告から、その在留資格を旧法四条一項一六号及び平成二年法務省令第一五号による改正前の法施行規則二条一号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四−一−一六−一」という。)に変更し、在留期間を六か月とする旨の在留資格変更許可を受けた。
    (3)原告は、その後、六回の在留期間更新許可を受けて本邦に在留していたが、昭和六二年一二月二日、前夫と協議離婚し、昭和六三年二月六日、出国した。
    (二)原告は、昭和六三年五月二七日、在留資格四−一−四及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、本邦に滞在後、同年八月一五日、出国した。
    3 第三回目の入国及び退去強制を受けた経緯
    (一)原告は、昭和六三年一一月二八日、在留資格四−一−四及び在留期間三〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、同年一二月七日、日本人であるaと婚姻し、平成元年一月一八日、被告から、その在留資格を在留資格四−一−一六−一に変更し、在留期間を六か月とする旨の在留資格変更許可を受けた。
    (二)原告は、aと婚姻後、新潟県佐渡郡<以下略>において同人と同居し、平成二年三月に同人が同郡<以下略>に居宅兼店舗を新築し、飲食店を開業した後は、同人と共にその営業に従事していたところ、原告とaは、右飲食店の営業に関し、平成三年五月一〇日ころから平成四年一一月三〇日までの間、本邦において報酬その他の収入を伴う活動をすることができる在留資格を有しない外国人女性六名を、ホステス兼売春婦として報酬を受ける活動に従事させ、また、同年四月下旬ころから同年一一月三〇日までの間、右六名の外国人女性を右居宅兼店舗の二階に居住させ、原告等の指示により、右外国人女性らをして売春行為を行わせていた(甲四、乙二、弁論の全趣旨)。
    (三)原告とaは、平成四年一一月三〇日、新潟県警両津警察署に売春防止法違反の容疑で逮捕され、平成五年三月八日、新潟地方裁判所において、法違反及び売春防止法違反の罪により、いずれも、懲役一年八か月及び罰金二〇万円、懲役刑につき執行猶予三年の有罪判決を受けた。
    (四)原告は、前記(一)記載の在留資格変更許可を受けた後、四回にわたって在留期間更新許可を受けていたが、四回目の在留期間更新許可に係る在留期限である平成四年一二月二八日が経過した後は、在留期間更新許可を受けることなく本邦に不法に残留していたところ、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国警備官は、平成五年三月八日、原告について法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月九日、これを執行して原告を東京入管収容場に収容した。
    (五)東京入管入国警備官から原告の引渡しを受けた東京入管入国審査官は、審査の結果、平成五年三月二四日、原告は法二四条四号ロ及びヌに該当する旨の認定を行って、これを原告に通知した。
    (六)その後、東京入管特別審理官による口頭審理、被告に対する異議の申出の審理を経て、平成五年六月二四日付けで、原告の異議の申出は理由がない旨の被告の裁決がされ、東京入管主任審査官は、同年七月一三日、原告に対し、右裁決を告知するとともに、退去強制令書発付した。
    (七)東京入管入国警備官は、平成五年七月一三日、右退去強制令書を執行して、原告を東京入管収容場に収容した上、同月二九日、原告を羽田空港から台湾に向けて送還した。
    4 在留資格認定証明書不交付処分
    (一)原告は、平成九年五月一五日、aを代理人として、東京入管において、被告に対し、法七条の二第一項に基づき、原告が法別表第二の日本人の配偶者等の在留資格に該当する旨の在留資格認定証明書の交付申請を行った。
    (二)被告は、右交付申請について、平成九年一一月一一日付けで、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由として、在留資格認定証明書を交付しない旨の処分(以下「本件不交付処分」という。)をし、aにその旨通知した。
    三 争点及び争点に関する当事者の主張
     本件の争点は、〈1〉在留資格認定証明書の交付申請につき、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨定めている法施行規則六条の二第五項ただし書の規定が、法七条の二第一項による委任の範囲を逸脱しており、違法無効というべきか否か(争点1)、〈2〉法施行規則の右の規定が有効である場合、原告が法七条一項四号の条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分が、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一七条及び二三条一項に違反するか否か(争点2)である。
     右各争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
    1 争点1について
    (原告の主張)
     一般に委任立法は、法律が個別的かつ具体的に委任した範囲においてのみ、その制定が許されるものであり、委任立法において授権した法律の予想しない定めを置くことは、許されないものというべきところ、以下のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、法七条の二第一項の委任の範囲を超えるものであり、違法無効というべきである。
    (一)法七条の二は、本邦に上陸しようとする外国人について、あらかじめ申請があった場合、当該外国人が法七条一項二号に掲げる条件に適合しているか否かを審査し、適合していると認められる場合に、その旨の証明書を交付する在留資格認定証明書制度を定めたものである。すなわち、法は、在留資格の適合性を証明する制度として在留資格認定証明書制度を定めているのであって、右証明書を交付するに当たっての審査の対象は在留資格の適合性の有無に限られ、その適合性が認められれば、右証明書が交付されるべきものなのである。
     このことは、法七条の二第一項が、「前条第一項第二号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる」と規定していることからいっても明らかであり、また、法七条の二第一項の「法務省令で定めるところにより」との規定は、「あらかじめ申請があったときは」と続く文脈からいって、法務省令に在留資格認定証明書の交付申請手続を定めることのみを委任しているものと解されるのである。
     右のとおり、法七条の二第一項は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、法七条一項四号該当性の有無(法五条該当性の有無)について事前審査をすることまでも授権しているわけではないのであるから、法施行規則の右の規定は、法七条の二第一項の委任の範囲を超えるものである。
    (二)そもそも、法の定める手続によれば、法七条一項四号が定める上陸条件に適合するか否かについては、外国人から上陸申請があった場合に入国審査官が審査することとなっており、右の入国審査官が行う上陸審査については、特別審理官による口頭審理や被告に対する異議の申出という法の定める適正手続が保障されている上、最終的には、被告による上陸特別許可(法一二条一項)への道も開かれているのである。
     法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号該当性の有無について審査を行うことは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、右の法の定める適正手続をないがしろにするものであり、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反することは明らかである。
    (被告の主張)
    (一)法七条の二の定める在留資格認定証明書制度の趣旨は、右証明書の交付を受けることができれば、当該外国人が上陸申請の際に自ら立証しなければならない法七条一項に定める上陸条件中の在留資格等に係る上陸条件についての立証が容易となることにより、一連の入国手続の簡易迅速化及び効率化を図るという点にあるものである。
     法七条の二第一項の文言から明らかなように、同規定に基づき発行される在留資格認定証明書の証明する事項は、法七条一項二号に定める在留資格等に係る上陸条件に適合していることのみに限られ、その他の上陸条件に適合していることまでも証明するものではないが、法は、その交付の要件については特に規定しておらず、これを法務省令の定めるところに委ねている。
     しかして、在留資格認定証明書の目的が前記のようなものである以上、仮に右証明書の交付を申請する者が、法七条一項二号に定める条件そのものには適合しているとしても、法五条一項各号に該当する場合には、その者に対しては査証が発給されないことが予想されるのであって、このような場合に在留資格認定証明書を交付することは、同証明書制度の目的に照らして何らの必要性もなく、かえってこれを本来予定していた目的以外に悪用される危険性も否定し得ないのである。
     したがって、法施行規則六条の二第五項ただし書が、法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、在留資格認定証明書を交付しないことができる旨規定していることは、法七条の二第一項の規定の趣旨・目的に適合し、合理的なものということができ、何ら右規定の委任の範囲を逸脱するものではない。
    (二)原告は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号該当性の有無について審査を行うことは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、右の法の定める適正手続をないがしろにするものであり、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反する旨主張する。
     しかしながら、在留資格認定証明書は、外国人が査証の発給を受けるための不可欠の文書ではなく、右証明書の交付がなくとも、直接、査証の発給を申請することもできるものである。もとより、当該外国人が法七条一項四号の定める上陸のための条件に適合しない場合には、一般に査証は発給されず、結局、その外国人は本邦に渡航し上陸審査手続を受けることはできないが、そのことと、在留資格認定証明書の有無とは何ら因果関係がないのである。
     右のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書により、法七条一項四号の定める上陸条件に適合しない外国人について、在留資格認定証明書を交付しないこととしても、それによって当該外国人が上陸審査手続を受け、上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはないのであって、原告の右主張は失当である。
    2 争点2について
    (原告の主張)
     昭和五四年九月二一日から我が国について効力を生じているB規約は、国内裁判所において裁判規範となり、同規約に違反する国内法を無効とし、同規約に違反する国内法による措置を違法と認定する根拠となるところ、以下のとおり、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものとして、違法というべきである。(一)B規約二三条一項は、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と定めている。これは、「社会の自然かつ基礎的な単位」である家族がもつ社会的機能を承認し、社会制度としての婚姻及び家族の保護を通じて、家族を構成する個人の権利を保障するものである。また、B規約一七条は、家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止している。
    (二)法五条一項四号は過去に一定以上の刑に処せられたことを、同項七号は過去に売春行為に関与したことを、それぞれ上陸拒否事由として定めているが、これを形式的に適用した場合、原告が婚姻した夫と同居することは不可能であり、原告は永遠に家族との同居を拒否されることになる。
     しかし、かかる事態が、家族の保護を規定したB規約二三条一項や家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止したB規約一七条に違反することは明らかであり、法五条一項各号が定める上陸拒否事由については、B規約の右各規定に適合するよう制限的に解釈する必要があるというべきである。
    (三)しかるに、被告は、過去の刑事事件の執行猶予期間の経過とその法律上の効果、原告の夫であるaの家庭の事情、原告もaも深く過去の事件を反省し、真面目に再同居することを誓約していること、原告が再び入国できるよう嘆願する数多くの日本人がいることなど、考慮すべき事情を何ら考慮せず、法五条一項各号が定める上陸拒否事由を形式的に解釈して、本件不交付処分をしたものであり、右処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものというべきである。
    (被告の主張)
    (一)本件不交付処分は、原告が法五条一項四号及び七号に該当する者であることが明らかであることを理由としてなされたものであるが、本件不交付処分と原告が査証の発給を受けられず、上陸審査手続を受けられないこととの間に因果関係がないことは、前記1(被告の主張)(二)記載のとおりである。
     したがって、原告がその夫と本邦において同居できないことは、本件不交付処分の結果によるものではないのであって、本件不交付処分が、B規約一七条及び二三条一項に違反するとする原告の主張は、そもそも失当である。
    (二)のみならず、以下のとおり、法五条一項四号及び七号は、B規約一七条及び二三条一項に何ら違反するものではないから、原告が法五条一項四号及び七号に該当する者であることを理由としてなされた本件不交付処分が、B規約の右各規定に違反するものでないことも明らかである。
    (1)憲法二一条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される。
     したがって、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解すべきである。
    (2)これをB規約についてみても、移動、居住、出国帰国の自由を保障したB規約一二条は、すべての出入国が自由であるべきとするものではなく、自国民及び外国人の出国(同条二項)と自国民の帰国の自由(同条四項)を保障しているにとどまる。他方、B規約一三条は、合法的に締約国の領域内にいる外国人についてすら、法律に基づいて行われた決定によって当該領域から追放することができる旨規定している。そして、B規約中に、他に外国人の入国する権利を認める規定は何ら在存しない。
     右のとおり、B規約は、外国人の入国・在留までも権利として保障しているものではなく、その点に関して憲法及び国際慣習法と軌を一にするものである。
    (3)かかる基本的な考え方からすれば、法が、その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認める外国人について一定の類型を定め、その類型に当たる外国人は、被告が特別に上陸を許可すべき事情があると認める場合に限り、本邦に上陸することができるとすることは、何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし、法五条一項四号及び七号に該当するような者が、一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があることは明らかであるから、このような外国人について期間を定めることなく、原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることも何ら憲法又はB規約その他の国際法に違反するものではない。
     ところで、B規約一七条は、自由権的基本権である人格権の一つとされるプライバシー等の権利の保障を規定したものであり、「恣意的に若しくは不法に干渉され又は……不法に攻撃されない」とは、「法による適正な手続によることなく」侵害されないという意味と解されており、また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等について自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものであるが、かかる保護ないし保障は、我が国で在留していることを当然の前提としているものである。
     したがって、前記のとおり、法の規定が憲法及びB規約に適合し、合理的なものである以上、これに則って原告の上陸が拒否されることがあるとしても、原告の右の権利・自由を侵害するものということができないことはいうまでもなく、法五条一項四号及び七号は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものではないのである。

    第三 当裁判所の判断
    一 争点1について
    1 前記第二の一3(二)記載のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、在留資格認定証明書の交付申請があった場合において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定しているところ、原告は、法施行規則の右の規定は、在留資格認定証明書制度を定めた法七条の二第一項による委任の範囲を超えるものであり、違法無効である旨主張する。
    2 しかしながら、原告の右主張は、採用することができない。その理由は、次のとおりである。
    (一)前記第二の一2記載のとおり、本法に上陸しようとする外国人は、その上陸しようとする出入港において入国審査官に対し上陸の申請をし、法七条一項に規定する上陸のための条件に適合することを自ら立証しなければならないところ、同項二号に規定する在留資格該当性等の在留資格に係る条件に適合することについては、出入国港において短時間で立証することは必ずしも容易ではないことから、入国審査手続の簡易迅速化と効率化を図ることを目的として、法七条の二は、本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があった場合に、当該外国人が法七条一項二号に規定する在留資格に係る条件に適合しているか否かを審査し、適合していると認められる場合にその旨の証明書を交付する在留資格認定証明書制度を定めたものである。
    (二)そして、法七条の二第一項は、「法務大臣は、法務省令で定めるところにより、……証明書を交付することができる。」と規定し、在留資格認定証明書制度についての具体的な定めを法務省令に委任しているところ、前示のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、在留資格認定証明書の交付申請があった場合において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定している。
     もとより、在留資格認定証明書は、当該外国人が法七条一項二号に規定する在留資格に係る条件に適合していることを証明するものであって、同項に規定する他の上陸のための条件に適合していることを証明するものではないが、たとえ当該外国人が在留資格に係る条件に適合している場合であっても、審査の過程において、当該外国人が上陸拒否事由に該当するなど他の上陸のための条件に適合しないことが明らかとなり、たとえ当該外国人が上陸の申請をしたとしても上陸が許可される見込みがないという場合についてまで、在留資格認定証明書を交付することは、前示の在留資格認定証明書制度の目的に照らし何らの必要性もなく、かえって右証明書を本来予定した目的以外に悪用される危険性も否定し得ないことを考慮すれば、かかる場合に在留資格認定証明書を交付しないことができるとした法施行規則六条の二第五項ただし書の規定は、内容的にみて、法七条の二第一項による委任の趣旨に反するものということはできない。
    (三)また、法七条の二第一項の規定を、文理的にみた場合、同項の「法務省令で定めるところにより」との文言は、同項の文末の「……証明書を交付することができる。」という部分に係るものと解するのが相当であり、同項は、その委任の趣旨に反しない範囲で、法務省令により在留資格認定証明書の交付要件について定めることをも委任しているものというべきである。
     この点に関し、原告は、法七条の二第一項は、在留資格認定証明書の交付申請手続を定めることのみを法務省令に委任しているものと解される旨主張するが、原告の右主張は、同項の文理に沿わないものというべきであり、失当である。
    (四)さらに、原告は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号所定の上陸条件に適合しているか否かを審査することは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、上陸審査に関し法が定めた適正手続をないがしろにし、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反する旨主張する。
     しかしながら、上陸審査に関する手続を定めた法の規定が、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、当該外国人が法七条一項四号の定める上陸条件に適合しているか否かを被告が審査することを禁ずる趣旨のものでないことは明らかであり、また、被告が主張するとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書により、法七条一項四号の定める上陸条件に適合しない外国人について、在留資格認定証明書を交付しないこととしても、それによって当該外国人が上陸審査手続を受け、上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはないのであるから、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号所定の上陸条件に適合しているか否かを審査することが著しく手続的正義に反するということはできない。
     したがって、手続的正義という観点からみても、法施行規則六条の二第五項ただし書が法七条の二第一項による委任の範囲を超えるものということはできない。
    (五)以上のとおりであるから、法施行規則六条の二第五項ただし書の規定は、法七条の二第一項による委任の範囲内で定められたものであり、有効な規定というべきである。
    二 争点2について
    1 前記第二の二記載の本件の事実関係によれば、原告は、法五条一項四号の「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者」及び同項七号の「売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事したことのある者」に該当し、法七条一項四号に規定する上陸のための条件に適合しないことになるから、被告がそのことを理由として行った本件不交付処分は、法七条の二第一項及び法施行規則六条の二第五項ただし書の規定に従ったものというべきところ、原告は、家族の保護を規定したB規約二三条一項や家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止したB規約一七条に照らし、法五条一項各号が定める上陸拒否事由については、これを制限的に解釈する必要があり、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反する旨主張する。
    2 しかしながら、原告の右主張は採用することができない。その理由は、次のとおりである。
    (一)憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考え方を同じくするものと解される。したがって、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことは明らかである(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。
     これをB規約についてみても、同規約には外国人が自由に入国する権利を有することを定めた規定は存在せず、同規約においても、外国人の入国の自由は保障されていないものというべきである。
    (二)憲法等が採用する外国人の入国についての右のような基本的な考え方からすれば、法が、その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認める外国人について一定の類型を定め、その類型に当たる外国人は、被告が特別に上陸を許可すべき事情があると認める場合に限り、本邦に上陸することができるものとすること(法五条一項、一二条一項参照)は、何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし、法五条一項四号及び七号に該当するような者が、一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があることは明らかであるから、このような外国人について期間を定めることなく、原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることにも、憲法又はB規約その他の国際法に違反する点はないというべきである。
    (三)B規約一七条は、家族に対する恣意的又は不法な干渉からの保護を規定し、B規約二三条一項は、家族の保護を規定しているが、前示のとおり、B規約は、外国人の入国の自由を一般的に保障するものではなく、また、法五条一項四号及び七号の上陸拒否事由の定めが、それ自体として合理性を有するものであることからすれば、仮に夫婦の一方が右の上陸拒否事由に該当する結果、その夫婦が我が国において同居することができなかったとしても、そのことにより直ちにB規約一七条及び二三条一項により保障された権利・自由が侵害されたということにはならないというべきである。
     もとより、個別の事案によっては、法五条一項四号及び七号に規定する上陸拒否事由に該当する外国人であっても、夫婦等の家族関係の保護という観点から、その上陸を認めることを相当とすべき特別な事情がある場合があり、そのような場合に当該外国人の上陸を許可しない場合には、その措置がB規約一七条及び二三条一項に違反すると評価される場合もあり得るが、そのような特別な事情については、当該外国人から査証の発給申請があった際や法一一条所定の異議の申出(上陸条件に適合しないと認定された外国人の被告に対する異議の申出)があった際に考慮すれば足りるものであり、在留資格認定証明書の交付申請があった段階において、法五条一項四号及び七号の規定する上陸拒否事由を制限的に解釈する必要はないものというべきである。
    (四)以上のとおりであるから、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分に、B規約一七条及び二三条一項に違反する点はないものというべきである。
    第四 結論
     そうすると、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分が違法であるということはできず、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
    民事第3部
     (裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 増田稔 裁判官 篠田賢治)

    東京地方裁判所
    平成10年(行ウ)第77号
    平成11年11月11

    主文
    一 原告の請求を棄却する。
    二 訴訟費用は原告の負担とする。

    事実及び理由
    第一 請求
     被告が、平成一〇年三月三〇日付けで原告に対してした在留資格変更を許可しない旨の処分を取り消す。
    第二 事案の概要
     本件は、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表第一の「留学」の資格で本邦に在留していた外国人である原告が、被告に対し、同表の「技術」への在留資格の変更許可を申請したところ、被告から、右申請を不許可とされたことから、右不許可処分の取消しを求めた事案である。
    一 在留資格変更に係る関係法令の概要
    1 在留資格を有する外国人は、その者の有する在留資格の変更を受けることができ(法二〇条一項)、在留資格の変更を受けようとする外国人は、法務省令で定める手続により、被告に対し在留資格の変更を申請しなければならない(同条二項)。
    2 右申請があった場合には、被告は、当該外国人が提出した文書により在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる(同条三項)。
     在留資格は、法別表第一及び第二の上欄に掲げるとおりであり、別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者は、当該在留資格に応じ、本邦において同表の下欄に掲げる活動を行うことができる(法二条の二第二項)。
    3 在留資格のうち「技術」の在留資格をもって在留する者は、本邦の公私の機関との契約に基づいて行う理学、工学その他の自然科学の分野に属する技術又は知識を要する業務に従事する活動を行うことができる(法別表第一の二)。
    二 前提となる事実
    次の各事実は当事者間に争いがない。
    1 原告の来日及び在留の経緯
    (一) 原告は、昭和四五年(一九七〇年)六月二七日、中華人民共和国(以下「中国」という。)において出生し、同国の国籍を有する外国人である。
    (二) 原告は、平成四年七月二日、仙台入国管理局(以下「仙台入管」という。)において、仙台市α四番一八号所在の東北外国語専門学校を通じて、同校で日本語を勉強して日本の大学へ入学したい等との理由で在留資格認定証明書の交付を申請し、同年八月二〇日、被告から法別表第一に定める在留資格「就学」に係る在留資格認定証明書の交付を受けた。
    (三) 原告は、同年一一月九日、本邦新東京国際空港に到着し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官から、在留資格「就学」及び在留期間六月を付与されて、本邦に上陸した。
    (四) 原告は、平成五年四月二三日及び同年一一月九日の各日に、仙台入管において、在留期間更新許可申請を行い、各同日、それぞれ在留期間を六月とする更新許可を受けた。
    (五) 原告は、平成六年四月二〇日、仙台入管において、東北大学教育学部の研究生となったため、続けて専門の勉強をしたいとして、就学の在留資格から、留学の在留資格への在留資格変更許可申請を行い、同月二七日、在留資格を「留学」、在留期間を一年とする在留資格の変更許可を受けた。
    (六) 原告は、平成七年四月一四日、平成八年四月二六日及び平成九年四月一六日の各日に、仙台入管において、在留期間更新許可申請を行い、それぞれ、平成七年六月一六日、平成八年六月一九日及び平成九年五月七日の各日に、在留期間を一年とする更新許可を受けた。
    2 本件不許可処分に至る経緯
    (一) 原告は、平成一〇年一月六日、千葉市美浜区長に対し、仙台市β一〇−一五から千葉市γ三−三−一七−三〇六に居住地の変更をしたとして、居住地変更登録をした。
    (二) 原告は、同月一四日、東京入管において、同年四月一日から東京都品川区δ一三番六号所在のアイエスビー応用システム株式会社(以下「アイエスビー」という。)に就職し、コンピューターソフトウエアのシステムエンジニアとして稼働したいとして、在留資格を「留学」から「技術」へ変更したい旨の変更許可申請(以下「本件申請」という。)をした。
    (三) 原告は、同年二月一二日、宮城県仙台南警察署に著作権法違反容疑で逮捕され、同年三月四日、著作権者の許諾を受けないでコンピュータープログラムの著作物を複製し、他人に有償で頒布して著作権を侵害したとして、同法違反の罪で仙台地方裁判所に起訴され、さらに、同月二〇日、同様の同法違反の罪で同裁判所に追起訴された(以下、各起訴を併せて「本件起訴」といい、右の各著作権法違反被告事件を「本件刑事事件」という。)。
    (四) その後、原告は、同月二六日、制限住居を仙台市ε一三二−一所在のa方として保釈された。
    (五) 被告は、同年三月三〇日、本邦で安定的、継続的に「技術」の在留資格に該当する活動が行われるものとは認められないから、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断して、本件申請を不許可とする処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。
    三 在留資格変更許可申請に対する拒否処分が違法となる場合法は、前記のとおり、我が国に在留する外国人の在留資格の変更について、被告がこれを適当と認めるに足りる相当の理由があると判断した場合に限り許可することとしているところ(法二〇条一項、三項)、右の相当の理由が具備されているかどうかについては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、申請者の申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情をしんしゃくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならず、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う被告の裁量に任せるのでなければ適切な結果を期待することができないものであるから、右の相当の理由が具備されているかどうかについての被告の裁量権の範囲は広範なものと解すべきである。
     したがって、在留資格の変更の許否の判断が裁量権の逸脱又は濫用として違法となるのは、右判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られると解すべきである。
    (在留資格変更許可申請に対する拒否処分が違法となるのは右のような場合に限られていることについては、本件の当事者間においても、争いがない。)。
    四 争点
     本件の争点は、本件不許可処分に係る被告の判断に裁量権の逸脱又は濫用がなかったか、具体的には、被告の判断が、全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるか否かである。
    五 当事者双方の主張
    (原告の主張)
     被告は、原告が本件刑事事件について起訴されたことから、起訴されるような外国人はすなわち素行が善良でないと決めつけ、右事実とこれに付随する事実をもって、本件不許可処分を行ったものである。
     しかし、右のような判断に基づいて行われた本件不許可処分は、次のとおり、全く事実の基礎を欠き、また、事実に対する評価も合理性を欠いていることは明白であるから、取り消されるべきである。
    1 本件起訴を本件不許可処分の判断の基礎とすることについて
    (一) 原告は、本件刑事事件の公訴事実とされた著作権法違反を犯したことはない。
     原告は、逮捕に当たった警察官から自白を強制され、また犯罪事実をすべて認めれば東北大学大学院にも入国管理局にも報告しないと約束されるなどの利益誘導を受けたため、捜査段階において、身に覚えがないにもかかわらず、犯行を認める虚偽の供述を行った。しかし、原告は、本件不許可処分を受けて初めて、右警察官の約束が虚偽であったことを悟り、その後はえん罪であることを主張して現在に至っている。
    (二) 在留資格変更の許否の判断に当たって、起訴されたことをもって不利益に取り扱うことは、刑事手続における無罪推定の原則(憲法三七条一項参照)を破ることになり、我が国も批准している市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)にも反する(憲法九八条二項)。
     実際、外国人が起訴されたことを理由に在留の権利を奪われるとなると、不法滞在の状態で防御権を行使せざるを得ず、極めて不安定な状態に置かれることになる。場合によっては、刑事被告人に対し、裁判の経過と無関係に、不法滞在を理由として退去強制処分がされることも考えられるが、そうすると、その者が無罪判決を受けてこれが確定したとしても、その後に在留資格を得ることは極めて困難であり、結局、国の過誤によって在留権を奪われる結果となり、被告人の裁判を受ける権利(憲法三二条)は守られないことになる。
     したがって、起訴をされたとの一事をもって在留資格の判断の基礎にすることは、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである。
    2 その他の理由について
    (一) 技術者としての適格性について
     原告は、本国の東北師範大学及び我が国の東北大学大学院でコンピューターによる高度な専門技術を修めたものであり、高度技術者(システムエンジニア)としてアイエスビーに就職が内定していたものである。
     被告は、原告から提出された東北師範大学の履修証明書によって、原告の技術者としての適格性は審査し、既に了解済みであったから、技術者としての適格性が本件不許可処分の理由になるとは考えられない。
    (二) 本件申請当時の原告の通勤可能性について
     原告は、本件不許可処分当時、保釈の際の制限住居が仙台市内のa方であったため、アイエスビーの所在地である東京都品川区に通勤することはできなかったが、それは、逮捕、起訴に基づく状況の変化であって、申請時には、予期できなかったことである。
     また、刑事裁判の行方によっては、原告がアイエスビーに勤務する可能性はあったのであるから、そのことも確かめないままに機械的に通勤可能性を判断したのは明らかに誤りである。
    (被告の主張)
    1 本件不許可処分について
     被告は、左記の各事実等を総合的に考慮し、原告については、本邦で安定的、継続的に「技術」の在留資格に該当する活動が行われるものとは認められないことから、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断したものである。
       記
    〈1〉 原告は、本件不許可処分当時、著作権者の許諾を受けないでコンピュータープログラムの著作物を複製し、他人に頒布して著作権を侵害したとして起訴されていたのであり、そのような容疑で刑事訴追されている者が我が国においてシステムエンジニアとして稼働するのは好ましくないと思われたこと
    〈2〉 原告は、本件申請まで、東北大学大学院で教育心理学を専攻していたものであり、その内容は、「技術」の在留資格により認められる活動の内容とは著しく関連性の低いものであったこと
    〈3〉 本件申請に際して、原告の居住地は千葉市γ三−三−一七−三〇六とされており、原告はここから東京都品川区θ所在のアイエスビーまで通勤予定であったと思われるところ、原告の保釈中の制限住居は仙台市ε一三二−一a方となっており、右制限住居からアイエスビーまで通勤することは事実上困難であると認められたこと
    2 原告の裁量権の逸脱又は濫用の主張に対する反論
    (一) 本件起訴を在留に係る申請の許否の判断に考慮することの可否について
    (1) 原告に対する本件刑事事件については、仙台地方裁判所において、有罪判決が言い渡されており、原告について、システムエンジニアとして活動することを許容すべきでないことは明らかである。
    (2) 無罪推定の原則は、国の刑罰権の発動の可否が問題とされる刑事手続で採用されているものであるから、この原則が、刑事手続とはおよそ制度目的を異にする出入国管理行政に直ちに適用されると解することはできない。
     有罪判決確定前に行われた在留に係る申請の許否の判断に際し、申請者である外国人の行状を判断するについては、刑事手続における起訴事実は、判決が確定していなくても、判断の重要な資料となるのは当然であり、刑事手続における無罪推定の原則が、在留に係る申請の許否の判断においてこのような事実を考慮しないという原則まで含むとする根拠はない。
    (3) また、原告は、起訴されたことを理由に在留の権利を奪われると、裁判の経過と無関係に不法滞在を理由に退去強制処分をされることも考えられ、そうなると被告人の裁判を受ける権利は守られないことになると主張するが、在留資格変更手続と退去強制手続は別個の手続であるから、右の原告の主張は、将来予想される行政処分を危倶するものに過ぎず、それ自体失当であるし、刑事訴追されている外国人について、判決が確定する前に退去強制処分がなされたとしても、それによって直ちに被告人の裁判を受ける権利が侵害されるものでもない。
    (二) 勤務地及び原告居住地について
     原告は、刑事裁判をきちんと争いたいとして、仙台市内に指定された制限住居以外の場所に保釈の制限住居を変更する意思を有していなかった。
     そして、本件不許可処分時において、原告の保釈中の制限住居が、原告がアイエスビーまで通勤することが事実上困難とみられる仙台市内に所在する住居であったことから、原告がアイエスピーにおいて稼働することは困難であると認めたのであり、現に原告は東京での就職を延期せざるを得なくなっている。
     このような事情を、被告が本件不許可処分において、本邦で安定的、継続的に「技術」の在留資格に該当する活動が行われるか否かを判断する際、消極的な一要素として考慮したとしても、当該判断は事実の基礎を欠くものとはいえないし、事実に対する評価が明白に合理性を欠くものともいえない。
    (三) したがって、原告が、本邦で安定的、継続的に「技術」の在留資格に該当する活動を行える状況になかったことは、明らかであり、原告の素行や活動の安定性・継続性に重大な問題点が認められることからすれば、原告が、中国の大学においてコンピュータープログラミングに関する単位を修得しているとしても、これによって被告の前記判断が合理性を欠くということはない。

    第三 当裁判所の判断
    一 被告が在留資格の変更の許否の判断について広範な裁量権を有していることは前記のとおりであるところ、被告は、本件申請について、前記「被告の主張」1記載の〈1〉ないし〈3〉の各事実等を総合的に考慮し、原告については、本邦で安定的、継続的に「技術」の在留資格に該当する活動が行われるものとは認められないことから、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断したものであると主張する。
     そこで、以下、本件申請に対する被告の右の判断が原告の主張するように事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くものであるか否かを検討することとする。
    二 証拠(甲二、同八、同一〇、同一三、同一四、乙二、同三、同一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
    1(一) 原告は、平成元年(一九八九年)、本国の東北師範大学マルチメディア教育学部に入学し、平成四年(一九九二年)一一月、必要な単位を修得して、同大学を卒業したが、その中には、ビジュアル技術関係とコンピューターソフトウエア関係の単位の履修が含まれていた。
     原告が、同大学で専攻したマルチメディア教育は、最新のマルチメディア技術にコンピューター技術を活かして、より効果的なパソコン教材やビデオ教材の作成を研究する学問であり、同大学においては理科系科目と扱われている。
    (二) 原告は、我が国の東北大学大学院において専門分野の研究をさらに進めるため、平成四年一一月、我が国に入国し、仙台市所在の東北外国語専門学校に入学して日本語を学び、平成六年三月に同校を卒業した後、同年四月、東北大学教育学部に研究生として入学し、平成七年四月、同大学大学院教育学研究科博士前期課程に入学して、教育心理学を専攻した。
     その後、原告は、平成九年には修士号を取得して、同年四月、同研究科博士後期課程に進学した。
     原告が東北大学において専攻したテーマであるマルチメディア教育の研究は、情報の分析にコンピューターを活用することはあるものの、あくまで教育学的な面からの研究であり、同人が、同大学大学院教育学研究科博士前期課程を卒業し、修士号を取得するに際して作成した修士論文「前置質問によるビデオ教材の学習効果についての研究」は、ビジュアル教材の視聴前に学習者に対して質問を与えた場合、そのような質問を与えない場合に比してより高い教育効果が得られるのか否かをテーマとした研究論文であった。
    2(一) 被告は、前記のとおり、平成一〇年三月四日、著作権法違反の罪で起訴されたが、本件刑事事件に係る公訴事実は、被告人は、他の二名の者と共謀の上、法定の除外事由がなく、かつ著作権者の許諾を受けないで、平成八年一二月一八日ころ及び同月二五日の前後二回ころ、仙台市ζ内において、アメリカ合衆国マイクロソフトコーポレーションが著作権を有するプログラムの著作物である「マイクロソフト・オフィス・フォー・ウインドウズ九五・バージョン七・〇・プロフェッショナル・エディション」をシーディーアール三枚に複製し、そのころ、同所において、東京都内在住の三名の購入希望者に対し、同シーディーアール三枚を有償で郵送頒布し、もって、右マイクロソフトコーポレーションの著作権を侵害したというものである。
    (二) 原告は、逮捕、勾留、起訴の各段階においては、自己の無罪を主張することはなく、保釈を得る際にも、同様であったが、本件不許可処分の後である本件刑事事件の第一回公判において、初めて自己の無罪を主張するに至った。
    (三) しかし、本件刑事事件の第一審裁判所である仙台地方裁判所は、公訴事実を認定し、平成一〇年○月○日、原告に対し、著作権法一一九条一号、一一三条一項二号違反により、懲役一年六月、執行猶予三年の有罪判決を言い渡した。
    (四) 原告は、右判決を不服として、控訴を提起したが、仙台高等裁判所は、平成一〇年○月○日、原判決を破棄し、懲役一〇月、執行猶予三年とする判決を言い渡した。
    (五) なお、原告は、本件起訴後、仙台市η所在のa方を制限住居として保釈されたが、その後、裁判所に対して右制限住居の変更を申し立てたことはなかった。
    3 原告は、平成一〇年初めころ、ビジネスソフトウェアの開発に従事する予定で東京都品川区θ所在のアイエスビーから就職の内定を受けたため、在留資格「技術」を取得した上で同社に就職し、コンピューターソフトウエアのシステムエンジニアとして稼働しようと考え、本件申請を行うこととしたものである。
    三1 右の認定事実及び前記争いのない事実によれば、本件不許可処分当時、原告が、著作権法違反の罪を犯したとして仙台地方裁判所に刑事訴追されていたこと、原告が、本件申請まで、東北大学大学院で教育心理学を専攻していたこと、原告は、本件刑事事件において逮捕勾留され、その後保釈されたが、その制限住居は、仙台市ε一三二−一a方と定められていたことは、いずれも客観的事実に符合しているということができる。
    2(一) そして、原告は、我が国の企業において、コンピューターソフトウエアのシステムエンジニアとして稼働することを目的として本件申請に及んだものであるところ、右刑事訴追を受けた内容は、コンピューターソフトウエアを著作権者に無断で複製及び頒布したという著作権法違反の事実であるから、被告が、現にそのような公訴事実で刑事訴追されている者に対して、在留資格を変更して我が国においてシステムエンジニアとして稼働できる在留資格を新たに付与することは好ましくないと判断したことが不合理であるとは認められない。
     この点について、原告は、在留資格変更の許否の判断に当たって、原告が起訴されたとの一事をもって不利益に扱うことは憲法ないしB規約によって外国人にも保障されている無罪推定の原則に反すると主張する。
     しかし、無罪推定の原則は、国の刑罰権の発動を前提とする刑事手続に妥当するものであって、制度目的を異にする在留資格変更許否の判断において、起訴されたとの事実を一切考慮してはならないとまで解すべき根拠は存しない。
     本件においても、被告は、原告に対して本件起訴がされたことから直ちに原告が右公訴事実に係る犯罪を犯したものであるとの事実を認定してこれを本件申請に対する許否の判断の基礎としたものではなく、システムエンジニアとして稼働することを希望して在留資格「技術」への変更を申請している原告が、本件不許可処分当時、コンピューターソフトウエアを著作権者に無断で複製及び頒布したとの内容の著作権法違反の公訴事実で刑事訴追を受けているという客観的事実を右の判断の基礎として考慮したものであると認められ、この点に関する被告の判断が広く諸般の事情を総合的に勘案して行われるべきことからすれば、被告がこのような事実を右判断の基礎としたことが憲法又はB規約に違反する違法なものであると解されない。
    (二) また、原告が東北大学大学院教育学研究科後期博士課程において専攻したマルチメディア教育の研究の主たる目的はマルチメディア技術等を利用した教育効果の向上にあり、本件申請の直前までの原告が行っていた活動の内容が、「技術」の資格により原告が従事することとなるコンピューターソフトウエア開発とは必ずしも密接な関連を有していたとまでは認められないから、右の意味において、被告が、この点を、本件申請に対する判断における消極的な事実として評価したことが不合理であるとまではいえない。
    (三) さらに、原告は、本件不許可処分当時、保釈中で、その制限住居は、仙台市ε一三二−一a方と定められていたため、少なくとも本件刑事事件の第一審判決が言い渡されるまでは、原告は、右の制限住居から東京都品川区θ所在のアイエスビーへ通勤することは事実上不可能な状態にあり、このような状態が、早期に解消されると見込まれる状況にもなかったことは明らかであるから、被告が、この点を本件申請に対する判断における消極的な事実として評価したことが不合理であるとまではいえない。
    3 右のとおりであるから、本件不許可処分に当たって被告がその判断の基礎とした各事実については、事実に誤認があるとか、その評価が著しく合理性を欠くとかいえないことは明らかである。
     したがって、本件においては、原告が東北師範大学在学中にビジュアル技術関係とコンピューターソフトウエア関係の単位を履修していたとの事実を考慮に入れても、本邦で安定的、継続的に「技術」の在留資格に該当する活動が行われるものとは認められず、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして原告の本件申請を却下した被告の判断には、それが全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとの事情は存しないから、被告に裁量権の逸脱又は濫用があるとは認められない。
     なお、原告は、在留資格の変更が認められなければ、憲法及びB規約により保障されている原告の裁判を受ける権利が侵害されると主張するが、右主張は本件不許可処分とは別個の手続である退去強制手続がとられることによって生じる不利益を前提とした主張であり、本件申請が認められないことによって、直ちに原告の裁判を受ける権利が侵害されることになるとは認められない。
    四 以上の次第であるから、原告の本訴請求には理由がない。
     よって、主文のとおり判決する。
    民事第2部
     (裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)


    東京地裁
    平11(ワ)11859号
    平成13年5月14日

    主文
    1 原告の請求をいずれも棄却する。
    2 訴訟費用は原告の負担とする。

    事実及び理由
    第1 請求
     1 被告鳥井電器株式会社及び被告井出武一は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成13年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     2 被告鳥井電器株式会社が原告に対し,平成7年3月20日付けでした解雇が無効であることを確認する。
     3 被告鳥井電器株式会社は,原告に対し,1599万1632円及びこれに対する平成13年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
    第2 事案の概要
     1 本件は,被告鳥井電器株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であった原告が,〈1〉 被告会社に勤務中,被告会社及びその取締役であった被告井出武一(以下「被告井出」という。)から他の従業員に比して支給給与の差別をされたこと等により損害を受けたとして被告らに対し損害賠償を求め,〈2〉 被告会社の配転命令を拒否したため解雇されたが,解雇は無効であるとして,被告会社に対し,従業員の地位確認並びに未払給与等の支払を求め,〈3〉 予備的に,被告会社のした解雇が有効であるとしても,原告は被告会社から解雇されたことにより2年分の給与相当額の損害を受けたとしてその賠償を求めるものである。
     2 前提となる事実(証拠を掲げたものの外は,当事者間に争いがない。)
      (1) 被告会社は,電器配線器具製品製造,プラスチック成型加工を目的とする株式会社であり,東京都品川区〈以下略−編注〉に本社工場を,山梨県北部留郡〈以下略−編注〉に上野原工場を,山梨市〈以下略−編注〉に山梨工場を有する。
     被告井出は,被告会社のもと常務取締役である。
      (2) 原告は,バングラディシュ国籍を有し,昭和61年3月,ダッカ大学大学院マスターコース(地理学)を卒業した後,昭和62年1月に家族とともに来日し,就学の在留資格を取得して,同年4月から2年間日本語学校で日本語を学び,平成元年4月から2年間コンピューター専門学校でコンピューターを学んだ。
      (3) 平成3年10月3日ころ,被告会社は,原告が就労できる在留資格を取得することを条件として,原告を期間の定めなく雇用する契約を締結した(以下「本件雇用契約」という。)。
     原告は,そのころ,本件雇用契約の内容及び原告の職務内容等につき被告会社が次のとおり記載して原告に交付した雇入通知書及び職務明細書等を添付して,在留資格変更申請を行った(甲9の1ないし4)。
       ア 基本賃金 月給25万円
     昇給 有り 毎年1回4月 3〜5パーセント
       イ 職務内容
     (ア) 翻訳
     バングラディシュの経済事情及び業界資料の翻訳(ベンガル語から日本語へ)
     (イ) 海外業務
     バングラディシュに輸出した械械の受入会社(ジャムナ・エレクトリック)等との連絡業務
     (ウ) 貿易業務
     被告会社代理店第一実業株式会社及び現地との販売促進に関する業務
     (エ) プラスチック成型機械及び部品機械の研修コンピューター制御の各種機械の操作の勉強をして現地出張に備える。
      (4) 原告と被告会社は,平成3年11月から原告が在留資格の変更を受けるまでを期間とする約束で,原告が被告会社上野原工場において時給計算のアルバイトとしてプラスチック製品(配線器具)の組立作業に従事する内容の雇用契約を締結した。
      (5) 原告は,平成3年12月17日,「人文知識・国際業務」の在留資格を取得した。
     被告会社は,平成4年1月10日,給与マスター作成と題する書面記載のとおり,原告の給与の内訳を次のとおりとし(〈証拠略〉),給与基準表に基づく原告の資格等級を3等級一般職AU号俸に位置づけ(〈証拠略〉),これによる原告の給与日額は基本給合計額を22日で除した9227円となる旨通知した。
       ア 基本給合計 20万3000円
     基本給 6万円
     資格手当 0円
     業務手当 6万円
     特別作業手当 3万8000円
     物価手当 4万5000円
       イ 精勤手当 5000円
       ウ 家族手当 2万2000円
       エ 交通手当 2万円
     総支給額25万円
      (6) 被告会社の就業規則には,次のとおりの規定が置かれている。
       第3条 本規則は第2章第1節に定めた手続により,会社の従業員としての身分を持ったすべての者に適用する。嘱託,臨時雇員及び試用中の者その他名称の如何を問わず会社の業務に従事する者については別の規則ある他はこの規則を準用する。
       第6条 従業員志望者に対しては必要に応じて選考試験及び考課を行い選考の上3か月間の試用期間をおく。(中略)試用期間は状況により短縮又は省略する。
       第10条 会社は業務の都合上転任,配置転換,社外業務の派遣等を命ずる事がある。
       第15条 従業員が下記の各号の1に該当するときは30日前に予告するか,又は平均賃金の30日分を支給して即時解雇する。但し試用期間中及び臨時雇いに就(ママ)いてはこの手続きを要しない。
     1 やむを得ない業務の都合による時。
     2 精神又は身体の障害,虚弱老衰により業務に堪えられないと認められた場合。
     3 非協力,低能率及び欠勤,遅刻,早退の回数甚だ著しい等の理由により業務遂行に不適当と認められた場合。
       第16条 従業員が下記の各号の1に該当するときは解雇予告を行わずまた30日分の平均賃金を支払わずに即時解雇する。但し行政官庁の認定をもって行う。
     1ないし13項 略
     14 自己の営業を営み,又は職務に関し不正不当の金品その他の授受をし会社が警告するも改めない場合
     15 略
     16 正当な理由なく,異動降(ママ)等の命令を拒否した場合。
     17 懲戒が2回以上の(ママ)及び改しゅんの見込がない場合。
     18 事業上やむを得ざる場合。
     19 その他前各号に準ずる行為又は理由ある場合。
       第26条 会社は業務の都合上従業員に職場転換,職種職階の変更を命ずる事がある。
       第62条 従業員の給与は別に定める給与規定による。
      (7) 被告会社は,平成5年11月1日,原告に対し,平成5年12月1日以降の給与個人別基準表を交付したが,そこにおいてはそれまでは準社員としていた原告の地位を臨時社員とし,賃金についても特別作業手当を3万8000円から1万1000円に引き下げた記載をし,同年12月15日には,原告に対し,退職に関する要請と題する書面を交付して退職を勧奨した(〈証拠略〉)。
     そこで,原告から委任を受けた本件原告代理人である丸山健弁護士(以下「原告代理人」という。)が被告会社と交渉した結果,平成6年2月21日,原告の勤務に関する合意が成立し,書面が作成された(甲16。以下「平成6年合意」という。)。
      (8) 被告会社は,平成7年1月,原告に対し,原告の就業場所を,同年2月21日付けで上野原工場とする旨の辞令を通知をしたが(以下「本件配転命令」という。),原告はこれを拒否した。
      (9) 被告会社は,原告に対し,平成7年2月17日に到達した内容証明郵便により,同年3月20日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。
     3 争点
      (1) 原告の被告らに対する損害賠償請求権の存否
      (2) 本件解雇の効力及び未払賃金等請求権の存否
      (3) 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求権の存否
     4 争点に関する当事者双方の主張
      (1) 原告
       ア 被告らに対する損害賠償請求
     (ア) 本件雇用契約においては,原告の賃金は25万円以上,勤務場所は本社工場とし,職務内容はコンピューター関係業務とする合意がされていた。原告の在留資格申請書類の記載は在留資格取得のための方便にすぎなかったものである。
     ところが,被告会社及び被告会社において原告の人事を担当していた被告井手(ママ)は,本件雇用契約における合意に反して,〈1〉 平成4年1月以降,原告の勤務場所及び業務を本社のコンピューター業務ではなく,上野原工場のプラスチック製品組立作業とし,〈2〉 原告の身分を正社員でなく準社員として位置付け,試用期間経過後も,原告を準社員として給与計算方法を月給でなく日給月給による扱いとし,〈3〉平成5年11月に原告に対し交付した給与関係書類において,準社員としていた原告の地位を一方的に臨時社員とし,賃金額についても特別作業手当を3万8000円から1万1000円に一方的に引き下げる旨通知し,在留資格更新申請のための雇入通知書上も賃金支払方法を月給から日給に変更して記載し,〈4〉 本件雇用契約締結当時作成した雇入通知書には,毎年4月に3から5パーセントの本給の昇給をする旨明示していたのに定期昇給を行わず,〈5〉 原告の賞与についても,本件雇用契約締結の際,賞与の支給条件を明示せず,他の従業員と区別する特別の合意が存在しなかったにもかかわらず,平成4年7月から平成6年7月までの各年7月及び12月の各支給賞与につき,他の従業員には従業員給与規定4.5条により基本給と業務給を加えたものに一定月数を乗じた方法で計算した金額を支給している(平成5年12月実績で1.55か月支給)にもかかわらず,原告に対しては各2万円のみしか支給せず,原告は他の従業員と同一の計算方法により支給されるべき額との差額83万円の損害を受け,〈6〉 平成5年11月15日ころ退職に関する要請と題する書面を交付して退社を要請し,〈7〉 さらに,原告の同意なしに平成6年1月分から同年4月分までの支給給与に関し特別手当を一方的に3万8000円から1万1000円に減額して支給し,原告は差額分10万8000円の損害を受けた。
     (イ) 原告は,被告らが原告に対してした上記の不当な処遇により,本来支給されるべき適正な給与及び賞与を受領することができず,他の正規従業員と差別されたこと及びコンピューター業務に従事させられず,単純組立て作業に従事させられたため,コンピューター関係業務への転職の機会を奪われたことにより多大な精神的苦痛を被ったものであり,その損害を慰謝するには500万円が相当であるから,原告は,被告会社に対し債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,また,被告井出に対しては被告会社との共同不法行為に基づく損害賠償として被告会社と連帯して500万円の損害賠償の支払を求める。
     (ウ) 被告会社の本件雇用契約違反によって原告が被った損害は債務不履行損害賠償請求権としては消滅時効期間は5年であるところ,原告は平成11年5月31日に本件訴えを提起し時効は中断されたから,被告会社に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権につき消滅時効は完成していない。
       イ 本件解雇の無効及び解雇後の賃金請求(主位的請求原因)
     (ア) 本件解雇の無効
      〈1〉 本件配転命令は,原告と被告会社間の平成6年合意に違反するものであり無効である。平成6年合意は,原告の就業場所を東京の本社工場とすることを条件として月例賃金変更に応じたもので,いわば,就業場所を本社とする合意と賃金改定の合意とが相互に対価関係にあったものであり,本件配転命令は,原告の就業場所を東京の本社工場とする平成6年合意に反するもので無効であるから,無効な配転命令を拒否したことを理由とする本件解雇は,解雇の要件を欠き無効である。
      〈2〉 また,本件配転命令は原告が有する人文知識・国際業務の在留資格以外の業務であるプレス作業に原告を従事させるものであり,原告の在留資格及び本件雇用契約に違反するもので無効である。
      〈3〉 また,被告らは,原告に対する前記のとおりの差別的な扱いを継続して行った上,平成6年合意の当時から原告を上野原工場に転勤させることを予定していたにもかかわらず,原告の賃金を引き下げるため,これを秘して原告及び原告代理人を欺き平成6年合意をさせた上,原告を解雇したものであり,本件解雇は信義則に反するもので無効である。
      〈4〉 さらに,被告会社が主張する解雇事由のうち,本件配転命令当時,被告会社に原告に行わせることができる在留資格に適合する業務が存在しなかったことはなく,原告が営業許可を得たカレー店も,原告の妻が経営していたものであり,原告はその営業許可の名義人となっていたものにすぎず,原告が本件解雇当時,就業規則に違反して自己の営業を営んだ事実はなく,原告の作業能率が低下し,業務遂行が不適当となった事実はない。
     なお,被告会社から振り込まれた退職金についてはこれを預かり保管しているのみである。
     (イ) 未払賃金及び未払賞与請求権等の存在
     原告は,本件解雇後,無効な本件解雇をした被告会社の責に帰すべき事由により就労することができなかったものであるから,賃金請求権を失わない。
     原告は,本件解雇当時,基本給は労働日1日当たり9386円,家族手当及び精勤手当は1か月当たり2万2000円及び3000円の合計2万5000円を支給されていたものであり,本件解雇の日の翌日である平成7年3月21日から平成13年3月20日までの6年間の未払賃金合計額は,1年当たりの労働日数を252日とすると,基本給合計1419万1632円(日額9386円×252日×6年)並びに家族手当及び精勤手当合計180万円(月額月額(ママ)2万5000円×12か月×6年)の合計1599万1632円である。
     (ウ) よって,原告は,被告会社に対し本件解雇の無効確認を求めるとともに,平成7年3月21日以降平成13年3月20日までの未払賃金合計1599万1632円及びこれに対する弁済期の後である平成13年3月21日から支払済みまで民法所定の年五(ママ)分の割合による遅延損害金の支払を求める。
       ウ 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求(予備的請求原因)
     仮に,原告が在留資格に適合する業務を提供することができないことに基づき被告会社が原告に対してした本件解雇が有効であるとしても,原告は,被告会社がした本件解雇により将来得べかりし賃金請求権を失ったものであり,その損害額は,2年間分の基本給合計473万0544円(日額9386円×252日×2年)並びに家族手当及び精勤手当合計60万円(月額月額(ママ)2万5000円×12か月×2年)の合計である賃金総額533万0544円である。
     よって,原告は,被告会社に対し,民法415条に基づく損害賠償請求として2年分の賃金総額533万0544円及びこれに対する平成13年3月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
      (2) 被告ら
       ア 被告らに対する損害賠償請求権の不存在
     (ア) 本件雇用契約締結の際,被告会社は,在留資格変更後の原告に対する給与額を賞与を含め年間300万円と合意したものであり,この給与支給額からすると,原告は,被告会社の従業員に関する給与基準表の等級資格については,3等級の準社員で日給月給者に該当する。そして,被告会社は,本件雇用契約において,昇給,賞与,退職金について合意をした事実はないが,原告に対する賞与の支給及び昇給はその都度行っている。
     (イ) 原告と被告会社間で合意した原告の職務内容は,在留資格取得申請書記載のとおりであり,被告会社は,日本語学校で日本語を学び,コンピューター学校も卒業しているという原告に翻訳業務等を担当させることを予定していたが,原告の就労ビザ取得までの間アルバイトとして雇用し勤務を開始したところ,原告は,日本語の習得度が低く,漢字は読めず,片仮名が書ける程度で平仮名も満足には読めない状態で,翻訳業務や日本語のコンピューターなどの操作も不可能であることが判明し,また,景気の低迷から被告会社の貿易業務及び海外業務も低調となり,原告に担当させる業務もなくなっていたことから,原告の就労ビザ取得後も,被告会社は原告にアルバイト勤務時と同様の組立業務を継続して担当させざるを得なかったものであるが,同組立業務は在留資格所(ママ)得申請書類記載のプラスチック成型機械及び部品機械の研修に密接に関連する業務であり,また,組立作業に従事せざるを得なかったのは,前記のとおり原告自身の能力・適格の欠如によるもので原告の責に帰すべき事由に基づくものであるから,被告らの債務不履行又は不法行為による損害賠償責任は成立しない。
     (ウ) また,仮に被告会社に債務不履行があったとしても,債務不履行による損害賠償請求権は,本来の請求権と同一性を有し,時効期間は本来の債権の性質によって決まるところ,原告の給与又は賞与請求権の時効期間は労働基準法115条により2年であるから,各支払日から2年の経過により時効消滅しており,被告会社は消滅時効を援用する。さらに,仮に,原告に,被告らの不法行為による慰謝料請求権が認められるとしても,本件解雇の日である平成7年3月20日から3年が経過しており,原告の慰謝料請求権については消滅時効が完成しているから,被告らは消滅時効を援用する。
       イ 本件解雇の有効性
     (ア) 本件配転命令は,業務上の必要性に基づく合理的なものである。
     バブル経済崩壊後,配線器具の製造販売及びプラスチック成型業の価格競争は熾烈を極め,被告会社も第41期決算で赤字となったため,経営合理化及び経費削減の必要性が生じ,合理化実現のため,平成6年6月に上野原工業団地に新工場を建設し,同工場で部品の製造,加工,成型,組立の一貫作業を行うことに決定し,本社工場のプレス部門についても上野原工場に集約化することとし,平成7年2月に新工場が完成することに伴い,本社工場のプレス部門の従業員全員に対し,新工場への配置転換を通知したものである。
     被告会社は,原告に対しても平成7年1月上旬に上野原新工場への配置転換を命じたところ,原告は当初これを承諾したものの,翌日になって,その承諾を撤回し,配置転換命令に従わなかったものである。
     原告は,本件配転命令拒否の理由として平成6年合意の成立を主張するが,平成6年合意の時点で原告の勤務場所を東京に限定する合意は成立しておらず,原告の配転命令拒否は被告会社の就業規則第16条16号所定の異動降等の命令を拒否した場合の解雇事由に該当するものであり,本件解雇は有効である。
     (イ) また,原告は,平成6年10月12日,東京都北区滝野川保健所から飲食店営業の許可を受けて自らカレー店を経営するようになり,カレー店が開業した同年10月17日以降は,遅刻,早退が多くなり,以前は自ら残業を希望していたにもかかわらず,残業を要請してもこれを拒否し,勤務時間中にもトイレに行くとか電話をかけてくるなどと言って20分程も戻らなかったり,無断で職場を離脱するなど勤務成績が不良となったが,これは,被告会社の就業規則第15条3号所定の業務遂行に不適当の場合及び同第16条14号所定の自己の業務を営んだ場合の各解雇事由に該当する。
     さらに,景気の後退下において,被告会社の業とする配線器具の製造販売及びプラスチック成型業における競争は熾烈を極めており,被告会社も平成5年の41期決算から赤字決算となり,経営の合理化及び経費の削減を迫られることとなったため,上野原及び山梨の各工場の全従業員に対し退職勧奨をする状況となり,また,合理化の一環として上野原の旧工場を売却して上野原の工業団地に進出し,プレス部門は新工場に集約し,部品加工,成型及び組立の一貫作業を行って経費の削減を図る等の状況となっていたものであり,本件配転命令当時,被告会社の本社工場には,前記のとおりの原告の日本語の能力からして原告が従事することのできる業務はなかったものであり,本件解雇は,就業規則第15条1号所定の被告会社のやむを得ない業務の都合によるものとしても有効なものである。
     (ウ) 以上のとおり,本件解雇は,被告会社の就業規則第15条1号及び3号並びに第16条14号及び16号に基づくものとして有効であるが,原告も,本件解雇後,平成7年4月28日に被告会社が支払った退職金6万円を異議なく受領しており,原告自身,本件解雇が有効であることを承認しているものであるし,仮に原告の未払賃金及び賞与請求権が存在したとしても,消滅時効が完成しているからこれを援用する。
       ウ 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求権の不存在
     前記のとおり被告会社がした本件解雇は有効であり,原告の被告会社に対する賃金請求権は存在しない。
    第3 争点に対する判断
     1 証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
      (1) 被告会社の給与の支払については,就業規則62条を受けて,従業員給与規定(〈証拠略〉),給与細則ないし給与支給細則(〈証拠略〉)及び給与基準表(〈証拠略〉)が定められている。
     昭和62年4月21日改訂後の従業員給与規定(以下「昭和62年給与規定」という。)の2.2条によれば,被告会社の給与支給日は,本社工場は毎月末日払いとされ,山梨工場及び上野原工場は10日払いとされている(〈証拠略〉)。
      (2) 原告と被告会社間で本件雇用契約を締結した当時,被告会社においては,給与基準表の定める資格等級のうち,4等級以下の者については,日給月給制が適用され,5等級以上の者には月給制が適用されていた(乙16)。
     なお,原告は,この点につき,上記乙第16号証と同趣旨の細則を定める乙17は,本件提起後に作成された不真正な書面である旨主張するが,昭和62年給与規定にも,3.1条において「日給月給表」に関して規定を置いていること,また,昭和54年4月1日付け改正給与規則に関し細則を定めた給与支給細則(乙32)はその体裁及び内容から真正な書面であると認められと(ママ)ころ,そこにおいては,4等級以下の一般作業職は日給制とする旨定められていたことが認められるのであって,これに照らせば,被告会社においては,従業員の資格等級に応じて,異なる日給又は月給制が適用されてきたものというべきであり,乙第16号証の給与細則は,乙第32号証の細則を,4等級以下の従業員について利益となるよう改正した後の規定であると認められるのであって,乙第17号証に関する原告の主張により前記認定は左右されない。
     被告会社の給与基準表は,本給,資格手当等の賃金水準を一覧表の形式で規定しており,年ごとに改訂がされている(〈証拠略〉)。
      (3) 被告会社の昭和62年給与規定には次のとおりの規定がされている。
     2.7条 昇給は,毎年4月1回を原則とする。昇給額は,従業員の適正能力勤務成績及びその期間中の会社の営業成績を公平に勘案してその都度決定する。なお,諸般の事情によりその時期を等級別に2か月を超えない範囲で繰り上げて実施する場合がある。ただし,この条項は,定年を超えた従業員嘱(ママ)託従業員,準社員,臨時社員,特殊従業員には適用しない。(後略)
     4.1条 賞与は,会社の業績によって,毎年7月及び12月の2回支給することがある。この場合の支給額は,各人の勤務及び業務成績,在職期間と会社の事業成績を考慮し,支給額を決定する。(後略)
     4.2条 略
     4.3条 賞与の計算方式は,該当期直前の決算業績に基づき配分額を決め,その都度計算率を変えて支給することができる。
     4.4条 賞与は,勤務成績による勤務考課を行い,その判定により各自の支給額を定める。
     4.5条 支給計算のための乗率の基準は(ママ)(定年者,嘱託,準社員及び特殊のケースで条件を定めた従業員には適用しない)計算の基礎額は,(基本給×乗率)+業務手当とする。また,会社の業績により加給金を加算することができる。
     なお,被告会社の就業規則(〈証拠略〉)には,準社員に関する定義規定は存在しない。また,被告会社の平成11年12月6日に品川労働基準監督署に変更を届け出た従業員給与規定(〈証拠略〉)では,昇給及び賞与に関する規定において準社員に関する定めは削除されている。
      (4) 被告会社は,被告会社上野原工場にアルバイトとして勤務していた原告の知人から原告が被告会社に就職を希望していると聞き,原告と面接し,原告がダッカ大学を卒業し,来日して日本語学校やコンピューター専門学校で学んだことを聞いていたことから,原告と本件雇用契約を締結した。
      (5) 被告会社は,原告を時給1200円の給与条件により雇用する契約を締結する予定であるとして在留資格の変更許可申請書類を作成したところ(乙7),出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令によると,就労の認められる「人文知識・国際業務」の在留資格を取得するためには月給25万円以上でなければならないことが判明したため,原告の月給を25万円とする雇入通知書(甲9の1)を作成して原告に交付したものであったが,被告会社の賃金水準からすると,25万円との原告の給与月額は新入社員としては高額なものであった。
     なお,原告は,乙第7号証は,甲第9号証の1から変造したものである旨主張するが,甲第9号証の1及び乙第7号証は,いずれも鉛筆により記入した同一の原本(〈証拠略〉)につき,改訂部分を消しゴムで消去して書き直したものをコピーして作成されたものである事実が認められ,原告の主張を採用することはできない。
      (6) 本件雇用契約締結後,原告が被告会社から通知を受けた給与の内訳によれば,原告は,給与基準表のうちの本給基準表上,等級資格欄の3等級の一般職に該当し,日給月給制により給与の支払を受ける者に当たる(〈証拠略〉)。
     原告は,平成3年11月から本件解雇までの間,被告会社から別紙給与額一覧表記載の各支給期間において,日給月給制により,給与日額欄記載の金額に出勤日数を乗じた金額に家族手当,精勤手当,時間外手当及び通勤手当等を加算した支給額の支払を受けた。また,原告は,被告会社から,別紙賞与等支払額一覧表各記載のとおりの賞与等の支払を受けた。
      (7) 原告は,本件雇用契約締結前は東京都北区田端に居住していたが,被告会社は,原告をアルバイトとして雇用した後,上野原工場の隣接地所在の被告井出が使用していた社宅の2階を原告に貸与することとし,1か月分の電気・ガス・水道・灯油の使用料の見込額の約半額の8000円を徴収することとした。
      (8) 被告会社では,原告が被告会社で勤務するうちに,原告は漢字が全く読めず,片仮名が書ける程度で,平仮名も十分に書けない程度の日本語の習熟度であり,直ちに翻訳や日本語のコンピューターの操作をさせることは不可能であることが判明した。そのため,被告会社としては,原告をコンピューター関係の業務に就労させることができないと考え,上野原工場における組立作業を引き続き担当させることとした。
     他方,被告会社の貿易業務は,景気の後退から低迷し,原告に担当させることを予定していたバングラディシュとの貿易業務も実行されないこととなった。
      (9) 平成4年7月ころ,原告に対する賞与支給額が少ないこと等に関する交渉につき原告から委任を受けた原告代理人は,同年10月27日,被告井出と協議を行い,その後同年11月4日付けの書面により,被告会社に対し,原告代理人が,本件雇用契約につき期間の定めのない雇用契約とすること,原告を日本人従業員と差別することなく同一に取り扱うこと及びその後の事情の変化に鑑み原告の賃金等について再協議の上決定し書面化することを申し入れたのに対し,被告会社はこれを快く受け入れてくれたとの認識を示し,さらに,原告の労働条件について協議を進めたいとの内容の申入れを行った(〈証拠略〉)。
     そのころ,被告会社は,原告の在留資格更新のための申請書類として,賞与の支給有りと記載された同年11月14日付けの雇入通知書を原告に交付した(〈証拠略〉)。
      (10) 原告は,平成5年に,家族の事情等により,上野原の社宅を出て東京に戻りたいとの希望を述べるようになり,平成5年5月に,同社宅から東京都北区田端に転居した。
      (11) バブル経済崩壊後の景気の後退下において,被告会社の業とする配線器具の製造販売及びプラスチック成型業における競争は激化し,被告会社の決算も平成5年の41期決算から赤字となり,経営の合理化及び経費の削減を迫られることとなったため,被告会社においては,上野原及び山梨の各工場の全従業員に対し退職勧奨をし,従業員の中にはこれに応じて退職する者も出る状況となった。
     被告会社は,原告に対しても平成5年11月15日ころ退職に関する要請と題する書面を交付して退職を勧奨し(〈証拠略〉),また,平成5年11月に原告に対し交付した給与関係書類において,準社員としていた原告の地位を臨時社員と記載し,賃金額について特別作業手当を3万8000円から1万1000円に引き下げる旨通知し(〈証拠略〉),在留資格更新申請のための雇入通知書上,賃金支払方法を月給から日給に変更して記載した(〈証拠略〉)。
      (12) これに対し,原告から委任を受けた原告代理人は,退職には応じられないとして被告会社と交渉を行い,交渉に当たった被告井出に対し,被告会社において原告との本件雇用契約は期間の定めのないものであることを確認し,賞与等の労働条件は他の従業員と差別せずに同一に取り扱うよう求めた。
     これに対し,被告会社は,平成6年1月20日付けの書面により,被告の平成5年の給与月額25万7000円(平成5年4月昇給後)の12か月分及び賞与2万円の2回分の支給実績合計312万4000円を算定の基礎とし,他方で賞与の支給基準を基本給及び業務手当の合計額に対し一定の乗率を掛ける方法によるとすると,平成5年12月に乗率として採用された1.55を乗率とすれば18万6000円になるとし,その2回分合計37万2000円を前記支給実績合計312万4000円から控除し,さらに12か月で除した22万9333円を勘案して給与月額を23万円とし,その内訳を,基本給分,家族手当分,通勤手当分及び精勤手当分等とする給与変更について提案を行った(〈証拠略〉)。
     なお,被告会社作成の同提案書面には,追記として,被告会社の賞与支給対象期間は,7月支払分が前年12月1日から当年5月31日まで,12月支払分が当年6月1日から11月30日までであるところ,原告に対する平成5年12月分給与はすでに平成6年7月の賞与支給額変更にかかわらず25万7000円を支払済みであるから,差額2万7000円は平成6年7月の賞与支払時に清算するとの記載がされていた。
     また,被告井出は,原告に対する特別作業手当を月額3万8000円から1万1000円に引き下げ,給与月額を23万円に引き下げることを提案したが,原告代理人はこれに対し,特別作業手当は2万1000円とすること及び当時原告に支給されていた交通手当が2万円であったが,東京から上野原工場に通勤していた原告の交通費実費がこれを超えていたことから,原告の勤務場所を本社工場とし交通費を実費支給することを求めた。
      (13) 以上の交渉を経て,原告,原告代理人及び被告会社は,平成6年2月21日,原告の勤務に関し次のとおり記載された合意書面を作成して平成6年合意が成立した。同合意書面の文面は,原告代理人が文案を作成したものであった。
     「1 原告の労働契約期間は,これを定めないこととする。
     2 被告会社は,原告の昇給・賞与につき,他の一般従業員と差別せず,同等に取り扱うものとする。
     3 被告会社は,平成6年3月末日限り,原告の就業場所を本社工場とし,原告はこれに従う。
     4 前項によって原告の就業場所を本社工場に変更した以降の原告の給与
     (平成6年度昇給前)は,下のとおりとする。
     本給 6万円
     資格給 0円
     業務手当 6万円
     特作手当 2万1000円
     物価手当 5万2000円
     精勤手当 5000円
     家族手当 2万2000円
     合計22万円
     交通費 実費全額支給
     5 被告会社は,上記以外の原告の労働条件についても,一般従業員と区別せず同等に扱うものとする。
     6 被告会社は,上記以外の原告の労働条件についても,一般従業員と差別せず同等に扱うものとする。」
     なお,交通費実費額は1万0350円となった。
      (14) 被告会社は,平成6年1月から4月までの原告に対する給与月額を23万円として支給したが,その後,被告会社は平成5年12月当時の給与月額25万7000円と23万円との差額2万7000円の4か月分10万8000円を原告に対する残業手当調整分1万4478円に加算した合計12万2478円を,4月分給与の支給日である5月10日に「前月調整分」との支給費目により原告に対して支払った(甲2の34)。
      (15) 原告は,平成6年9月,妻にアルバイトの仕事がないのでサラリーマン相手の弁当屋を開きたいとの相談を被告会社にしていたが,その後,同年10月12日付けで,原告を営業者とする飲食店の営業許可を取得し(〈証拠略〉),同年10月17日から,カレー店の営業が開始された。
      (16) 原告は,被告会社の本社工場においてプレス作業を担当していたが,被告会社は,原告に対し,制御装置付きプレス機械の操作技術を習得させるため,平成6年10月31日,プレス作業主任者技術講習を受講させ,原告は,同年11月28日,主任講習終了証の交付を受け,主任者としての資格を得た(〈証拠略〉)。
      (17) 被告会社は,景気後退下においてさらに経営合理化及び経費削減を行うため,上野原工業団地に新工場を建設し,同工場で部品の製造,加工,成型,組立の一貫作業を行うことを決定し,本社工場のプレス部門についても上野原工場に集約化することとし,平成7年2月の新工場の完成に伴い,本社工場のプレス部門の従業員全員に対し,新工場への配置転換を通知したが,平成7年1月9日,本件配転命令を受けた原告は,いったんは同意したものの,翌日,平成6年合意を理由としてこれを拒否するに至った。
     2 以上認定した事実及び前記争いのない事実により争点につき判断する。
      (1) 原告の被告らに対する損害賠償請求権の存否
       ア 原告は,本件雇用契約における原告の職務内容は,コンピューター関係業務とする合意がされていたのに,被告会社は原告にプラスチック製品組立作業等の単純作業のみをさせた債務不履行又は不法行為が存在すると主張する。
     これに対し,被告会社は,本件雇用契約締結に際し,前記認定のとおり原告の本国であるバングラディシュの会社との取引が拡大することを希望していたものであり,原告が在留資格の変更を受けた後には,原告が通訳としての業務を担当することも含めて本件雇用契約を締結した事実が認められるのであり,本件雇用契約の当初から単純作業に従事させることを予定していたような事情は認められず,その後原告が被告会社で勤務する間に,原告が日本語の能力に不足していることが判明したことから,当初予定していた職務の担当ができなくなった事実が認められる。
     原告は,被告会社が原告に対し現実にコンピューター関係業務を一度も担当させていないにすぎず,原告はこれを担当する能力がある旨主張するが,原告は本件訴訟における本人尋問においても通訳人を通じて陳述を行う等しており,自らが通訳業務を行うことは不可能であると認められ,さらに,漢字が読解できない状態では,被告会社においてコンピューター関係業務を担当することも不可能であるといわざるを得ない。
     そうすると,被告会社が原告に対し継続してプラスチック製品組立作業等を担当させたことをもって被告会社の責に帰すべき債務不履行であるとか不法行為に該当する事実を認めることはできないというべきである。
     他方,被告会社は,本社工場において原告にプレス作業を担当させた際には,同業務を行うための研修を受けさせて資格をとることができるよう図るなど,原告の能力に応じた能力開発も行っていたものと認められる。
       イ 原告は,被告会社が原告の身分を正社員でなく準社員として位置付け,試用期間経過後も,原告を準社員として給与計算方法を月給でなく日給月給による扱いとしたことが不当な扱いであるとするが,このうち,被告会社における「準社員」の地位については就業規則上明確ではないものの,被告会社の給与規定によれば,原告は日給月給制の適用を受ける社員に該当することは前記認定のとおりであるから,被告会社が原告について日給月給制を適用したことには違法の点はないものと認められ,また,準社員として位置づけたこと自体により原告が損害を受けた事実は認められないというべきである(原告に対する昇給及び賞与に関する扱いについては後記のとおりである。)。
       ウ 被告会社が原告に対し,平成5年11月1日に交付した給与個人別基準表において,準社員としていた原告の地位を臨時社員とし,賃金額についても特別作業手当を3万8000円から1万1000円に引き下げる旨通知した点については,被告会社は,その後,原告代理人と,原告の勤務条件に関する交渉を行うとともに,平成5年12月分給与については,交渉中に従来どおりの給与月額25万7000円の基準による支払をしている事実が認められ,これらに照らせば,被告会社のした給与個人別基準表の記載は,経営合理化及び経費節減が急務となっている被告会社において,退職勧奨と併せて,賃金等についても見直しを求める申し入れを行ったにとどまるものというべきであり,前記の事実関係の下で,そのような申入れを行ったこと自体が債務不履行又は不法行為に該当するものとは認められず,また,雇入通知書に支給給与を日給と記載したことについても,これにより原告に損害が発生した事実を認めるに足りる証拠はない。
       エ 被告会社の作成した雇入通知書(甲9の1)には,毎年4月に,3から5パーセントの本給の昇給があると記載されていたが,原告については,毎年物価手当の増額による給与額の増加はあったものの,平成5年4月まで本給の昇給がされなかったことにつき,被告会社の昭和62年給与規定2.7条によれば,従業員の昇給については,毎年4月1回を原則とするが,昇給額は,従業員の適正能力勤務成績及びその期間中の会社の営業成績を公平に勘案してその都度決定するとされており,同規定に照らせば,雇入通知書の文言は,これにより具体的な昇給までを約束した内容のものとは認められず,被告会社が平成5年4月まで原告に対し物価手当増額分の昇給のみしかしなかったことにつき債務不履行又は不法行為が成立するものとは認められない。
       オ 原告が,賞与支給に関し差別的な取り扱いを受けたとする点についても,被告会社の昭和62年給与規定4.1条,4.3条ないし4.5条の内容からすれば,個々の従業員が被告会社に対し給与規定に基づく具体的賞与請求権を有するものとは認められず,原告については,前記のとおり,「人文知識・国際業務」の在留資格を取得するために,当初予定していた時給による給与の支払でなく,他の従業員に比して相対的に高額となる給与月額を支給することとなったこと,ひいては,支給される給与額に応じた勤務内容を十分に達成することが原告に求められていたというべきところ,原告は日本語の能力が不足していたため,本件雇用契約において予定していた通訳業務及びコンピューター関係業務等を担当できないこととなって(ママ)ものであり,これらの事実関係の下において,被告会社が原告に対する賞与として一定額の2万円の賞与の支給が相当であると判断したことにつき,違法又は不当な点があるものとは認められず,その後の平成6年合意に関する交渉経緯においても,原告又は原告代理人から過去の賞与支給額に関する新たな合意は求めなかったものであり,原告自身も平成5年12月までの支給賞与については,了承していたものと認められる。
       カ 被告会社が,平成5年11月15日ころ,原告に対し退職を勧奨したことは前記認定のとおりであるが,そのころ,被告会社は景気後退下で,被告会社の各工場の従業員に対し退職勧奨をしていた事実が認められ,このような状況において,被告会社が原告に対し書面で退職勧奨をした事実をもって,原告に対する不当な債務不履行又は不法行為であると認めることはできないというべきである。
       キ さらに,被告会社が,原告の同意なしに平成6年1月分から同年4月分までの支給給与に関し特別手当を一方的に3万8000円から1万1000円に減額して支給し,原告は差額分10万8000円の損害を受けたとする点については,平成6年合意成立当時の被告会社の認識としては,原告に対する賞与支給額を具体的に定める合意をするについては,給与月額の減額を要すると考え,交渉の結果,年間の総支給額が減額とならないようこれを給与月額と賞与予定額とに割り付けた金額を新たな給与月額及び賞与予定額とする,すなわち,給与月額の減額分が賞与として支給されることになるのと同様の変更が合意されるに至ったものであるところ,被告会社は,合意成立前からこのような考えに基づき,平成5年12月分はすでに従前の月額給与25万7000円を基準として支払ったから,平成6年7月の賞与で清算を求める旨を提案書(〈証拠略〉)に追記しており,これに対して原告又は原告代理人から異議のないまま平成6年合意が成立したことから,被告会社は,原告の東京の本社工場勤務は4月からとなったが,給与月額と賞与との割付は合意のとおり変更されると認識して,原告の給与月額となる23万円との差額2万7000円を賞与分として減額して支払ったものと認められる。そして,被告会社はその後原告から減額分の支払を求められて速やかに支払っている事実が認められること及び原告自身も被告会社のした平成6年1月分から4月分までの給与月額の減額支給について,当時平成6年合意の内容に違反するなどの異議を述べていないことからしても,被告会社のした減額支給が平成6年合意に反する違法,不当な行為である事実を認めるには足りない。
      (2) 本件解雇の効力及び未払賃金等請求権の存否
       ア 前記前提となる事実記載のとおり,被告会社の就業規則には,被告会社が業務の都合上,従業員に転任,配置転換,社外業務の派遣等を命ずる事があると規定されていることからすれば,被告会社は業務上の必要に応じ,その裁量により原告の勤務場所を決定することができるというべきであるが,当該転勤命令につき業務上の必要性が存する場合であっても他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど,特段の事情の存する場合は,当該転勤命令は権利の濫用になると解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決・判例時報1198号149頁参照)。そこで,本件配転命令により被告会社が原告に対して命じた配転の効力につき検討する。
       イ 本件配転命令は原告に対し上野原工場での勤務を命じるものであるが,本件雇用契約締結の当初,原告の勤務地を被告会社本社に限定する合意がされた事実はこれを認めるに足りる証拠はない。
     原告は,平成6年合意は,原告の就業場所を東京の本社工場とすることを条件として給与月額の変更に応じたものであり,勤務場所の限定と給与の変更は対価関係にあるから,本件雇用契約において原告の就業場所を本社に限定する効力を有するものである旨主張する。しかしながら,平成6年合意は,その明文上,本件雇用契約について勤務場所を今後恒久的に本社工場に限定する内容であるものとは認められず,原告にとって,東京本社を勤務場所とすることが,支給給与の変更といわば対価関係にあったとしても,それは平成6年合意に合意するかどうかの問題であって,平成6年合意によって本件雇用契約について原告の勤務場所を東京の本社工場に限定する旨の合意がされた事実を認めるには足りない。
     また,原告は,本件配転命令は,原告が有する人文知識・国際業務の在留資格以外の業務であるプレス作業に原告を従事させるものであり,原告の在留資格及び本件雇用契約に違反するもので無効である旨主張するが,前記認定のとおり,原告は本社工場において現にプレス作業を担当していたものであり,その作業担当を引き続き行うこととする本件配転命令が無効となるとする原告の主張を採用することはできない。
       ウ そして,被告会社は,景気後退に対する対応策としての経営合理化及び経費節減方策の一環として,原告を含む本社工場のプレス作業担当者全員に対し,配転命令をなしたものであり,前記認定事実及び前提となる事実を総合すれば,本件配転命令には業務上の必要性があり,かつ原告に著しい不利益を負わせるものであるような事情も認められないから,本件配転命令は有効なものであるといえ,これを拒否した原告の行為は就業規則16条16号の解雇事由に該当し,本件解雇は解雇権の濫用には該当せず,有効なものと認められるから,原告と被告会社間の本件雇用契約は本件解雇により終了したというべきである。
      (3) 本件解雇が有効である場合の損害賠償請求権の存否
     前記(2)認定のとおり,被告会社のした本件解雇は有効であると認められ,前記認定事実の下で,被告会社のした本件解雇により,原告がその後被告会社に勤務していれば得られた給与等相当額の支払を受けられなかったとしてもその支払を求める請求権を基礎づける事実は認められず,原告の主張は失当であるというべきである。
     3 以上のとおりであるから,主文のとおり判決する。
     (裁判官 矢尾和子)
    (別紙) 給与額一覧表

    賞与等支払額一覧表


    東京地方裁判所
    平成12年(行ウ)第211号
    平成15年09月19日
    • 主文
      1 被告東京入国管理局主任審査官が平成12年6月30日付けで原告A、同B、同C及び同Dに対してした各退去強制令書発付処分をいずれも取り消す。
      2 原告らの被告法務大臣に対する各訴えをいずれも却下する。
      3 訴訟費用は被告らの負担とする。

      事実及び理由
      第1 請求
      1 主文第1項同旨
      2 被告法務大臣が平成12年6月30日付けで原告A、同B、同C及び同Dに対してした、出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決をいずれも取り消す。
      第2 事案の概要
      1 事案の要旨
       本件は、いずれもイラン・イスラム共和国の国籍を有し、在留期間を徒過して本邦における在留を続けることとなった原告A(以下「原告夫」という。)、その妻である原告B(以下「原告妻」という)、その子である原告C(以下「原告長女」という。)及び原告D(以下「原告次女」という。)が、被告法務大臣が平成12年6月30日に原告らに対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)及び被告主任審査官が同日に行った各退去強制令書発付処分(以下「本件各退令発付処分」という。)はいずれも違法であるとしてその取消しを求めるものである。
      2 判断の前提となる事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
      (1) 当事者
       原告夫は、1963年8月23日生まれのイラン・イスラム共和国(以下、単に「イラン」という。)国籍を有する男性であり、原告妻という。)は、1966年12月22日生まれの同国国籍を有する女性であって、両人は、夫婦である。原告長女(1988年5月7日生まれ)及び原告次女(1996年9月9日生まれ)は、いずれも原告夫と原告妻の間に生まれた女児であり、同国国籍を有する者である。
      (2) 原告らの入国及び在留の経緯
      ア 原告夫は、平成2年5月21日、イランのテヘランからイラン航空機で成田空港に到着し、東京入管成田支局入国審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「Buisiness」等と、日本滞在予定期間の欄に「9DAYS」と記載して上陸申請を行い、同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第79号による改正前のもの。以下「旧法」という。)4条1項4号に定める在留資格及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
       原告夫は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限である平成2年8月19日を超えて本邦に不法残留をするに至った。
      イ 原告妻は、平成3年4月26日、原告長女とともにシンガポールからシンガポール航空機で成田空港に到着し、東京入管成田支局審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「TOURIST」、日本滞在予定期間の欄に「ONE WEEK」と記載して上陸申請を行い、それぞれ同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表1に規定する在留資格「短期滞在」及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
       原告妻及び原告長女は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限である平成3年7月25日を超えて本邦に不法残留するに至った。
      ウ 原告妻及び原告長女は、平成6年1月5日に、埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市ab−c−dとして、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年1月24日、外国人登録証明書の交付を受けた。
       原告夫は、平成7年4月11日に埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市ef−g−hとして、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年5月17日外国人登録証明書の交付を受けた。
      エ 原告次女は、平成8年9月9日、群馬県藤岡市所在の根岸産婦人科小児科医院において、原告夫及び原告妻の間に出生したが、在留資格の取得の申請を行うことなく出生から60日を経過した平成8年11月8日を超えて本邦に在留し、不法残留するに至った。
      オ 原告次女は、平成9年5月22日に群馬県藤岡市長に対し、居住地を群馬県藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同日、外国人登録証明書の交付を受けた。
      カ 原告妻は、平成8年10月31日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙20)。
      キ 原告夫は、平成11年1月13日及び同年11月17日に、埼玉県本庄市長及び群馬県藤岡市長に対し、居住地をそれぞれ埼玉県本庄市ef−k−l及び群馬県藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした。
       原告長女は、平成11年11月25日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙38)。
      (3) 原告らの退去強制手続の経緯
      ア 原告らは、平成11年12月27日、東京入管第2庁舎に出頭し、不法残留事実について申告した。
      イ 東京入管入国警備官は、平成12年1月27日原告夫及び原告妻について、同年2月15日原告妻について違反調査を実施した結果、原告らが法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年2月22日、原告らにつき、被告主任審査官から収容令書の発付を受け、同月24日、同令書を執行して、原告らを東京入管収容場に収容し、原告夫及び妻を法24条4号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。被告主任審査官は、同日、原告らに対し、請求に基づき仮放免を許可した。
      ウ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月7日原告夫について違反審査をし、その結果、同年3月7日、原告夫が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、原告夫にこれを通知したところ、原告夫は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
      エ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月15日、原告妻、原告長女及び原告次女について違反審査をし、その結果、同年3月15日、前記各原告が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、前記各原告にこれを通知したところ、前記各原告は同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
      オ 東京入管特別審理官は、平成12年4月24日、原告夫について、口頭審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、原告夫にこれを通知したところ、原告夫は、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、原告夫からの異議の申出については、理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、原告夫に同裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
      カ 東京入管特別審理官は、平成12年4月26日、原告妻、原告長女及び原告次女について口頭審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同原告らにこれを通知したところ、同原告らは、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、原告妻、原告長女及び原告次女からの各異議の申出については理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、同原告らに同裁決を告知するとともに、それぞれに対し退去強制令書を発付した。
      第3 当事者の主張
      1 被告
      (1) 本件各裁決の適法性について
      ア 原告らの退去強制事由
       原告夫、妻及び原告長女が、それぞれの在留期間を超えて不法残留したこと及び原告次女が、本邦で出生したものの、在留資格の取得の申請を行うことなく、出生から60日を経過した日を超えて不法残留していたことは明らかであり、原告らが退去強制事由に該当することを認めた特別審理官の判定に何ら誤りはない。
      イ 在留特別許可に係る法務大臣の判断の適法性
      (ア) 法務大臣の広範な裁量権
       法務大臣は、異議の申出に対する裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認める場合でも、特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可することができるところ(法50条1項3号)、このような在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特別に在留を認める処分であって、その性質は、恩恵的なものであるというべきである。そして、在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることから、在留特別許可に係る法務大臣の裁量の範囲は極めて広範なものであって、当該裁量権の行使が違法となるのは、法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情がある場合等、極めて例外的な場合に限られる。
      (イ) 本件各裁決に裁量権の逸脱又は濫用がないこと
       原告夫、原告妻及び原告長女は、イランで出生・生育し、来日するまで我が国とは何らのかかわりのなかったものであったが、渡航目的を偽って本邦に上陸し、原告夫及び原告妻は、その後間もなく不法就労を開始しているところ、不法残留に至った経緯は極めて計画的であって、不法就労を行った期間も長く、出入国管理行政上看過し難いものがある。原告夫及び原告妻の親兄弟は、イラン本国に在住し、本件各裁決当時には、不法就労で得た金銭で本国に自宅まで購入しているのであって、原告らがイランに帰国したとしても本国での生活に支障はないものというほかない。また、原告子らは、未だ可塑性に富む年代にあり、仮に当初は言語や生活習慣の面で多少の困難を感じることがあるとしても(現地での生活を経験することが言語や生活習慣を身につける最善の方法であり、両親との本邦からの退去がやむを得ないものである以上、その年齢にかんがみると、一刻も早い帰国が望まれるというべきである。)、両親とともに帰国するのが子の福祉又は最善の利益に適うところであることは明らかであり、他の親族の在住するイランでの生活に慣れ親しむことは十分に可能であると見込まれるのであって、原告らについて、本邦への在留を認めなければならない特別な事情が存在するとは認められない。
       確かに、原告らは、本邦に不法に残留する間に一定の安定した生活状態を形成したものといえなくもないが、最高裁昭和54年10月23日第3小法廷判決は、約10年前に不法入国した外国人男性、約13年前に不法入国した同国人女性及び本邦において出生した両名間の子ら2名に対し、法務大臣が在留特別許可を与えなかった事案について「本邦に不法入国し、そのまま在留を継続する外国人は、出入国管理令9条3項の規定により決定された在留資格をもって在留するものではないので、その在留の継続は違法状態の継続にほかならず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのものではない」と判示しており、これは、本件においても当てはまるものといえる。そもそも不法残留は、処罰の対象となる違法行為であり、原告夫及び原告妻が本邦において長期間不法就労活動を行ったという事実は、違法行為が長期間に及んだことを意味するものであるから、被告法務大臣が原告らの在留特別許可の可否を判断する上で、当該事実を有利な事情と解しなければならない理由はないのであり、むしろ、長期にわたる不法残留事実や不法就労事実等が在留特別許可の判断において消極的要素として評価されるべきものである。
       以上のような諸事情を考慮すれば、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情が存在するとは認められない。
      (ウ) 原告の主張に対する反論
      a 原告らの出身国であるイランの教育や福祉等に係る状況をみても、児童の生育上特段の問題があると認められず、原告子らを送還することが在留特別許可の権限を法務大臣に認めた趣旨に反する非人道的なものであるといった事情は何ら存しないばかりか、イランに自宅を購入した時期までは、イランに帰国する意思を有していたが、当時小学校2年生であった原告長女が帰国したがらなかったため、そのまま不法残留を継続するに至った旨供述しており、帰国を前提とした生活設計をしていたというべきである。
      b 国際連合は、平成2年12月18日「すべての移住労働者とその家族構成員の権利保護に関する国際条約」を採択し、その30条は、移住労働者の子が公立学校で教育を受ける権利を有することを定め、そのような権利は、移住労働者である両親又はこの滞在が適法でないことを理由に拒否又は制限されない旨の規定をおいているが、同条約については受け入れ国側の懸念が強く、採択から10年以上経過した平成14年末においても、未だ批准国が20カ国に達していないため効力の発生にも至っておらず、しかも、そのような条約でさえ、上記30条のような規定は不法に滞在するこの在留の適法化に関する権利を含むものと解してはならないとしているのであるから(同条約35条)、国際的にも不法就労者の子女が流入先の国において教育を受ける利益を得ているとしても、流入先の国がこれを理由に当該不法就労者及びその子女の在留を適法化すべきであるなどという合意がされている状況が存在しないことは明らかである。
      c イスラム社会においても、男性の場合とは異なり、女性の性器切除(女性割礼)をイスラム教徒の義務とする見解はごく少数であり、女性割礼は北東アフリカ、西アフリカ、アラビア半島やマレーシアの一部などに限定された習慣であるとされ、イランの国内情勢に関する英国移民局の報告書は、「児童の虐待について知られた類型はない」とし、女性割礼について何ら触れていないのであるから、イランにおいて女性割礼が法的又は社会的に義務とされている状況があるとは認め難い。
      d 原告らと同様、出頭申告当時小学生だった子を有する不法残留外国人の家族について在留特別許可がされた例はあるが、他方、原告らとともに、平成11年12月27日に東京入管に出頭申告した不法残留中のイラン人5家族については原告らを含む4家族が在留特別許可を受けることなく退去強制令書発付処分を受けている。
       そもそも、在留特別許可は諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき恩恵的措置であって、その許否を拘束する行政先例ないし一義的、固定的基準なるものは存在しないのであって、本件各裁決が違法になるとはいえない。また、仮に、本件各裁決が実務に反するものであるとしても、前記(ア)の裁量の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として当不当の問題が生ずるにすぎない。
      e 不法残留者を中心とする不法就労者が我が国に多数存在するのは事実であるが、それは多数の不法就労者が新たに発生し続けている結果であって、不法就労活動が我が国の社会に容認されているからでもなければ、厳格な取締りが行われていないからでもない。原告らの居住地である群馬県でも不法就労活動が容認されているなどという事実はなく、平成12年の群馬県議会においては「大量の不法滞在者が存在するということは、来日外国人による犯罪の温床となっている。」「入国管理局との合同取締りということに重点を置いて」いるとして、平成11年には41人を平成12年には11月末までに366人を摘発して不法滞在者の定着化の阻止と減少を図っていることが報告されており、平成12年に全国で警察に検挙された法違反者は5862人である。群馬県において法違反者の摘発が積極的に行われていないことはない。また、平成12年に退去強制手続を採った不法就労者4万4190人中、群馬県で稼働していたものは1769人、平成13年に退去強制手続を採った不法就労者3万3508人中、群馬県で稼働していた者は1448人となっており、いずれも全国都道府県中8位となっている。さらに、平成14年11月に全国の地方入国管理官署が行った法違反外国人の一斉摘発において摘発された法違反者855名中、群馬県で摘発された者は58名であり、これは、大阪、東京、埼玉について全国都道府県中4位という高い順位となっているのであり、中小企業・零細企業を中心に「単純労働者」を望む声が強く、日本政府は厳格な形で外国人労働者による不法就労の取締りを行っていないということはない。
      (エ) 以上のとおり、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認めうるような特別の事情が存在するとは認められないから、本件各裁決に何らの違法性はない。
      (2) 本件各退令発付処分の適法性について
       退去強制手続において、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合、主任審査官は、退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから、本件各裁決が違法であるといえない以上、本件各退令発付処分も適法である。
       在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることは前記のとおりであるから、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた主任審査官は、時機を逸することなく、速やかに退去強制令書発付処分をしなければならず、そうであるからこそ、法49条5項も「すみやかに当該容疑者に対し」・・・「退去強制令書を発付しなければならない」とするものであって、退去強制令書の発付時期について主任審査官に裁量権があるとはいえない。
       法は、法務大臣が在留特別許可の権限を行使するか否かの判断を行う過程においてのみ、退去強制事由に該当する外国人の在留を例外的に認める裁量を認めており、異議の申出を受けた法務大臣が、在留特別許可に関する権限を発動せず、異議の申出に理由がないとの裁決を行った場合には、それは我が国が国家として当該外国人を退去強制すべきとする最終的な意思決定をしたことを意味するものであって、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点からして考えられず、法がこのような立法政策を採用しているとは考えられない。また、法は、在留資格のない外国人が本邦に適法に在留する
      ことは、明文で定められた例外を除いて予定していないところ、主任審査官が裁量により退去強制令書を発付しない場合に、当該外国人が引き続き本邦に在留するための法的地位を定める手続規定は存在しないのであって、法は、主任審査官の裁量により退去強制令書を発付しないという事態を想定していないというべきである。
       したがって、主任審査官に退去強制令書を発付するか否かに係る裁量権限がある旨の原告らの主張には理由がないというべきである。
      2 原告ら
      (1) 本件各裁決の適法性について(主位的主張)
      ア 裁決書の不作成
       法施行規則43条は、「法第49条第3項に規定する法務大臣の裁決は、別記第61号様式による裁決書によって行うものとする。」と定めている。同条は、単に口頭で行われた裁決の存在を確認・記録することを求めているのではなく、裁決が裁決書という書面によってされなくてはならないこと、つまり、裁決が書面による様式行為であることを定めているのである。
       とすると、裁決書が作成されていない本件各裁決には極めて重大かつ明白な手続上の瑕疵があり、本件各裁決の取消しは免れない。
      イ 本件各裁決の裁量違反
      (ア) 法務大臣の裁量権の範囲について
       日本国憲法は、国会を国権の最高機関と定めていることから、国家の裁量は、第一義的には国会に属するものとして立法裁量に現れることとなる。その立法裁量の結果として、特定の場合には外国人に入国・在留を許可すべく行政庁に義務づけをすることもあり、行政庁に裁量を与えつつ、許可内容に制約を付すこともある。そして、憲法の精神や「法律による行政の原理」からすれば、行政庁に全くの自由裁量が付与されることなどあり得ないのであって、一定の裁量権が与えられたとしても、その根拠となる法律の目的及び趣旨等によって覊束裁量となるのである。この点、法は、「出入国の公平な管理」を目的としており(1条)、「出入国の公平な管理」とは、国内の治安や労働市場の安定など公益並びに国際的な公正性、妥当性の実現及び憲法、条約、国際慣習、条理等により認められる外国人の正当な利益の保護をはかるための管理を意味する。法50条1項の趣旨も、この公益目的と外国人の正当な権利・利益の調整を図ることにあり、法務大臣の裁量権もこの趣旨の範囲内で認められるにすぎない。
       被告の主張は、この点を看過し、国家の裁量権と法務大臣の裁量権とを混同したものといわざるを得ない。
       また、上記のとおり、法の目的及び法50条1項の趣旨に覊束されるものであり、法も平成元年の法改正によって各在留資格に関する審査基準を省令で定めて交付し、行政の裁量の幅を減少させようとしているところであり、在留特別許可の制度に恩恵的な面があるとしても、そこから法務大臣の「極めて広範な裁量権」が導かれるものではない。
      (イ) 本件における裁量違反
      a 原告夫は、イランでの生活を維持するのが困難になり、やむなく来日したものであり、イランはいまだ政情も経済状況も不安定(イラン国内の失業率は25%を超えることが確実であるとされる。)であり、同国を10年以上も離れていた原告夫が同国で新たな職を得るのは極めて困難である。また、女性の社会進出が困難である同国において、原告妻が職を得ることはさらに困難であって、そうすると、原告ら一家は路頭に迷うこととなる。さらに、日本で十数年生活した原告夫婦が、イランに帰った場合にイランの環境に適応できなくなっている可能性もある。
       また、イランは、1979年のイスラム革命以後、イスラム教の聖典であるコーランが最高法規となるなど、イスラム教文化という我が国とはかけ離れた文化をもち、イスラム教国の中でも特に厳格な規律を重んじる国であって、基本的人権の保障においても、強い制約が存在し、特に女性は男性と比較して差別された地位におかれている。一方、原告次女は出生時より、原告長女も物心付かない2才のときから我が国に居住し続け、日本語を使用し、日本の文化になじんだ人格形成を行い、我が国の憲法で保障された男女平等、平和主義、自由主義に基づく教育を受けているところであり、言語、生活習慣、文化等の点で我が国とあまりにもかけ離れたイランでの生活になじむことが非常に困難であることは明白である。原告長女は、日本語を用いた学習により、その教育制度に適応してその中で優秀な成績を上げ、さらには高等教育を受けることを望み、その将来においては通訳等の職業に就くことを思い描いているものであり、原告長女及び次女がイランに帰国した場合、上記のような困難な事態が生ずるために、原告長女が学習を継続することは不可能であり、そのために原告長女は精神的に危機的状態に置かれ、自殺の危険さえ生じかねない。
      b 原告らの居住の自由の侵害
       外国人は、我が国に在留する権利を保障されるものではないが、外国人でも日本国にあってその主権に服しているものに限っては居住・移転の自由が及ぶものとされ(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁)るのであるから、在留資格を有しない者も、退去強制の合理性の判断なしに恣意的に住居の選択を妨害されない権利を憲法上保障されているというべきであるところ、法務大臣による本件各裁決は、原告らが日本に生活の基盤を有している事実を考慮せず、居住の自由を侵害する違法なものであり、この点に裁量権の濫用ないし逸脱がある。
      c 児童の権利に関する条約(以下「子どもの権利条約」という。)違反
       子どもの権利条約3条は、「児童に関するすべての措置を採るに当たっては、公的若しくは私的な社会施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定していることろ、前記aの状況にかんがみれば、我が国に在留することが「最善の利益」にかなうものであり、本件各裁決は、子どもの権利条約3条に違反するものとなる。
      d 原告らに在留資格を認めることが何ら国益を損なわないこと
       この点は、後記(2)イ(イ)(b)に記載のとおりである。
      e 公平原則違反
       原告らに先立ち、平成11年9月11日に在留特別許可を求めて集団出頭した外国人家族の中には、原告らと同様、小学6年に在学中の長女と5才の長男を含むイラン人家族が含まれており、この家族には平成12年2月に被告法務大臣より在留特別許可が付与されているところ、家族構成や日本での滞在期間等条件がほぼ同じ家族において異なった判断が下されるのは、公平の原則に反するといわざるを得ない。
      (2) 本件各退令発付処分の適法性について
      ア 本件各裁決の違法を承継することによる違法
       前記のとおり、本件各裁決が違法である以上、これに基づいてされた本件退令発付処分も違法なものということになる。
      イ 本件各退令発付処分独自の違法性(予備的主張)
      (ア) 退去強制令書発付処分が裁量行為であること
      a 法24条の規定
       法24条は「次の各号の1に該当する外国人については、次章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。」と規定し、これらは、単に退去強制事由を列挙したにすぎないと解するのは相当でなく、具体的な担当行政庁の権限行使のあり方をも同時に規定しているととらえるべきである。
       そして、同条の文言が、「することができる」と規定されていることによれば、裁量の幅がいかなるものかはともかく、24条各号に該当する外国人について、退去強制手続を開始し最終的に退去強制処分を発付するかについては、立法者が行政庁に対して一定の幅の効果裁量を認めたものというほかない。また、本件各退令発付処分のように侵害的行政行為であって、同処分が第三者に対する関係でも受益的な側面をもたないものについては、裁量の範囲自体は当該行政行為の目的等に従って自ずと定まるにしても、上記の法律の文言を裁量を示すものと解することに何ら支障がない。
      b 行政法の伝統的解釈からの説明
       行政法の解釈においては、伝統的に権力発動要件が充足されている場合行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方(行政便宜主義)が一般的であり、特に、外国人の出入国管理を含む警察法の分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序を維持することにあるから、その権限行使はこれを維持するための必要最小限度にとどまるべきであると考えられている(警察比例の原則)ところであり、退去強制令書発付について担当行政庁に裁量が与えられるということは、伝統的な解釈に沿うものである。
      c 退去強制令書発付処分についての裁量の必要性
       実際、退去強制令書の発付に裁量権を認めないと、本国及び市民権のある国に送還することができず、しかも第三国への入国許可を受けていない外国人など退去強制令書を発付しても執行が不能であることが明らかな場合にも、主任審査官は退去強制令書を発付しなければならないという背理を生ずる。
      d 手続の実際
       法第5章の手続規定を見ると、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されており(法47条4項、48条8項、49条5項)、退去強制についての実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記規定を介して主任審査官に与えられているというべきである。
      e 他の機関の裁量との関係
       退去強制の各段階で、統計上「中止処分」や「その他」といった分類がされる事案が存在するとおり、退去強制手続が開始されたからといって、必ずしも退去強制令書発付など法の定める終局処分を行わなくてもよい場合があり、違反調査の段階、違反審査の段階、口頭審理の段階、裁決の段階といった退去強制手続の各段階において、それぞれの担当者が裁量権を有していることは明らかである。そして、退去強制手続においては、退去強制の執行方法や送還先の指定を初めて行い、本邦から退去すべき義務を具体的に確定するものと解される点で、一連の手続において法が各行政庁に対して与えた裁量が集約しているものであるということができる。
       これらの事情によれば、退去強制手続を進行させるかどうかについては、国家の裁量権があり、その各段階においても担当者に裁量権があることから、その最終段階である退去強制令書の発付の段階でも主任審査官に裁量があることは明らかである。主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められており、比例原則に違反してはならないとの規範も与えられているのである。
      (イ) 比例原則違反
      a 比例原則
       比例原則違反は、法治国家原理、基本権の保障等を根拠とする憲法上の法原則であり、過剰な国家的侵害から私人の法益を防御することにあり、我が国でも、その根拠には諸説あるものの、権力行政一般について適用されることについては異論がないとされている。具体的には、適合性の原則(目的を達成するための手段が意図した目的達成の効果を持ちうること)、必要性の原則(目的を達成するための手段が当事者にとって最も負担の少ないものでなければならないこと)、狭義の比例性(手段と目的との均衡が取れていること、要するに、当該手段を用いることによって得られる利益が当該手段によって損なわれる利益を上回っていること)等が内容となる。
      b 本件における比例原則違反
      (a) 本件各退令発付処分により損なわれる利益
       本件各退令発付処分により、前記(1)イ(イ)aのとおり、原告らがイランに帰国し困難な生活を強いられること、原告長女・次女が物心付いてから慣れ親しんだ我が国の文化とはかけ離れたイランでの生活を行うこととなること等、本件各退令発付処分により損なわれる利益は極めて大きいといわざるを得ない。
      (b) 本件各退令発付処分により得られる利益
       原告らは、入国後、本件各退令発付処分の原因となった法違反以外には何ら法を犯すことはなく、善良な市民として地域社会にとけ込んだ生活を送ってきたものであり、原告らの本邦における在留資格を認めることにより、日本の善良な風俗・秩序に好影響を与えることこそあれ、悪影響を及ぼすことは想定し難い。すなわち、原告らは形式的には法違反という違法性を帯びた行為を行ってはいるものの、実質的な法益侵害に及んだ事実はなく、自ら入国管理局に出頭して違反事実を申告したものであり、このような者に在留資格を付与すること自体が直ちに在留し各制度の根幹を揺るがすとは考えられない。また、外国人をいわゆる「単純労働」を行う労働力として受け入れる必要性は高く、アメリカ、フランス、イタリアといった諸外国も非正規滞在者の大規模な正規化を行っているところであり、原告らに在留資格を認めないことによって保護されるべき国の利益は何ら存在しないといえる。
      (c) 小括
       以上によれば、本件各退令発付処分によって損なわれる利益と得られる利益とを比較衡量すると、前者の方がはるかに大きいのは明らかであり、本件各退令発付処分には比例原則違反があるといえる。
      第4 争点及びこれに関する裁判所の判断
       本件の争点は、〈1〉法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否、〈2〉本件各裁決における裁量権行使の濫用・逸脱の存否、〈3〉本件各退令発付処分の違法性の存否である。
      1 争点1(裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否)
      (1) 法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性
      ア 法49条1項の異議の申出を受けた法務大臣は、同異議の申出に理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(法49条3項)、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由あるとした旨の通知を受けたときは、直ちに当該容疑者を放免しなければならない一方で(同条4項)、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに当該容疑者に対しその旨を知らせるとともに、法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならないこととされている(法49条5項)。
       これらの規定によれば、法は、法務大臣による裁決の結果は、異議の申出に理由がある場合及び理由がない場合のいずれにおいても、当該容疑者に対してではなく主任審査官に対して通知することとしている上、法務大臣が異議の申出に理由がないと裁決した場合には、法務大臣から通知を受けた主任審査官が当該容疑者に対してその旨を通知すべきこととなっているが、法務大臣が異議の申出に理由があると裁決した場合には、当該容疑者に対しその旨の通知をすべきことを規定しておらず、単に主任審査官が当該容疑者を放免すべきことを定めるのみであって、いずれの場合も、法務大臣がその名において異議の申出をした当該容疑者に対し直接応答することは予定していない(なお、平成13年法務省令76号による改正後の法施行規則43条2項は、法49条5項に規定する主任審査官による容疑者への通知は、別記61号の2による裁決通知書によって行うものとすると定めているが、この規定はあくまで主任審査官が容疑者に対して通知する方式を定めたものにすぎず、法の定め自体に変更がない以上、この規則改正をもって法務大臣が容疑者に直接応答することとなったとは考えられない。)。こうした法の定め方からすれば、法49条3項の裁決は、その位置づけとしては退去強制手続を担当する行政機関内の内部的決裁行為と解するのが相当であって、行政庁への不服申立てに対する応答行為としての行政事件訴訟法3条3項の「裁決」には当たらないというべきである。
      イ このことは、法の改正の経緯に照らしても明らかである。すなわち、法第5章の定める退去強制の手続は、法の前身である出入国管理令(昭和26年政令319号)の制定の際に、そのさらに前身である不法入国者等退去強制手続令(昭和26年政令第33号)5条ないし19条の規定する手続を受け継いだものと考えられ、同手続令においては、入国審査官が発付した退去強制令書について地方審査会に不服申立てをすることができ(9条)、地方審査会の判定にも不服がある場合には中央審査会に不服の申立てをすることができ(12条)、中央審査会は、不服の申立てに理由があるかどうかを判定して、その結果を出入国管理庁長官(以下「長官」という。)に報告することとされ、報告を受けた長官は、中央審査会の判定を承認するかどうかを速やかに決定し、その結果に基づき、事件の差戻し又は退去強制令書の発付を受けた者の即時放免若しくは退去強制を命じなければならないものとされていた(14条)もので、この長官の承認が、法49条3項の裁決に変わったものと考えられる。そして、長官の承認は、中央審査会の報告を受けて行われるものとされていて、退去強制令書の発付を受けた者が長官に対して不服を申し立てることは何ら予定されておらず、長官の承認・不承認は、退去強制手続を担当する側の内部的決裁行為にほかならない。したがって、同制度を受け継いだものと考えられる法49条3項の裁決についても、退去強制令書の発付を受けた者の異議申出を前提とする点において異なるものの、その者に対する直接の応答行為を予定していない以上、基本的には同様の性格のものと考えるのが自然な解釈ということができる。
      ウ また、上記の解釈は、法49条1項が、行政庁に対する不服申立てについての一般的な法令用語である「異議の申立て」を用いずに、「異議の申出」との用語を用いていることからも裏付けられる。すなわち、昭和37年に訴願法を廃止するとともに行政不服審査法(昭和37年法第160号)が制定されたが、同法は、行政庁に対する不服申立てを「異議申立て」、「審査請求」及び「再審査請求」の3種類(同法3条1項)に統一し、これに伴い、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和37年法律第161号)は、それまで各行政法規が定めていた不服申立てのうち、行政不服審査法によることとなった行政処分に対する不服申立ては廃止するとともに、行政処分以外の行政作用に対する不服申立ては上記3種類以外の名称に改め、そうした名称の一つとして「異議の申出」を用いることとされた。
       他方、法の対象とする外国人の出入国についての処分は行政不服審査の対象からは除外されている(同法4条1項10号)とはいえ、上記のとおり行政不服審査法の制定に際して個別に不服申立手続について規定する多数の法令についても不服申立てについての法令用語の統一が図られたのに、法49条1項に関しては、従前どおり「異議の申出」との用語が用いられたまま改正がされず、法についてはその後も数次にわたって改正がされたにもかかわらず、やはり法49条1項の「異議の申出」との用語については改正がされなかった。そして、現在においては、法令用語としての「異議の申出」と「異議の申立て」は通常区別して用いられ、「異議の申出」に対しては応答義務さえないか、又は応答義務があっても申立人に保障されているのは形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を受けることだけである場合に用いられる用語であるのに対し、「異議の申立て」は、内容的にも適法な応答を受ける地位、すなわち手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権を認める場合に用いられる用語として定着しているということができる。したがって、数次にわたる改正を経てもなお「異議の申出」の用語が用いられている法49条1項の異議の申出は、これにより、法務大臣が退去強制手続に関する監督権を発動することを促す途を拓いているものではあるが、同異議の申出自体に対しては、被告の応答義務がないか、又は、応答義務があっても、形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を受けることが保障されるだけであり、申出人に手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものとは解されない(最高裁第1小法廷判決昭和61年2月13日民集40巻1号1頁は、土地改良法96条の2第5項及び9条1項に規定する異議の申出につき、同旨の判示をしている。)。
       よって、法49条1項の異議の申出に対してされる法49条3項の「裁決」は、不服申立人にそうした手続的権利ないし地位があることを前提とする「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」に対する行政庁の裁決、決定その他の行為には該当せず、行政事件訴訟法3条3項の裁決の取消の訴えの対象となるということはできない。
      エ さらに、法49条1項の異議の申出については、上記のとおり、申出人に対して法の規定により手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものと解することはできないのであるから、異議の申出に理由がない旨の裁決がこうした手続上の権利ないし法的地位に変動を生じさせるものということはできず、同裁決が行政事件訴訟法3条2項の「処分」に当たるということもできない(前記ウの最1小判参照。)。
      オ 以上によれば、法49条1項の異議の申出に対する法務大臣の裁決は内部的決裁行為というべきものであり、行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使には該当しないというべきものである。被告は、同裁決について裁決書が作成されていないことを認めているところであり、そのような事務取扱いが前記の規則改正に至るまで長年にわたって継続されていたことは、当裁判所に顕著な事実であるところ、この点も、裁決が内部決裁行為であることを基礎付けるものといえる(むしろ、上記解釈とは逆に裁決を行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使であると理解した場合、裁決書不作成の点を適法とするのは困難であるといわざるを得ない。)。
      (2) 退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量
       法24条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人については、法第5章に規定する手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めている。そして、いかなる場合において行政庁に裁量が認められるかの判断において、法律の規定が重要な判断根拠となることに異論はないというべきであり、法律の文言が行政庁を主体として「・・・することができる」との規定をおいている際には、その裁量の内容はともかく、立法者が行政庁にある幅の効果裁量を認める趣旨であると解すべきものであって、同条が退去強制に関する実体規定として、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否かについてはこれを担当する行政庁に裁量があることを規定しているのは明らかであり、法第5章の手続規定においては、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されている(法47条4項、48条8項、49条5項)と解されることからすれば、退去強制について実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、その結果、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められているというべきである。
       このような解釈は、行政法の解釈において伝統的に認められる行政便宜主義、すなわち権力発動要件が充足されている場合にも行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方や、警察比例の原則、すなわち、警察法分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序を維持することにあり、その権限行使はそれを維持するため必要最小限なものにとどまるべきであるとの考え方ばかりか、憲法13条の趣旨等に基づき、権力的行政一般に比例原則を認める考え方によっても肯定されるべきものである。
       このように主任審査官に裁量権を認めることに対し、被告は、法47条4項、48条8項及び49条5項が、いずれも「主任審査官は・・・(中略)・・・退去強制令書を発付しなければならない。」と規定していることに反する旨主張する。しかし、退去強制手続は、原則として容疑者である外国人の身柄を収容令書により拘束していることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中断し、放置することを許さないように、法47条1項、48条6項及び49条4項において、それぞれ容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなければならない」ことを定めるとともに、法47条4項、48条8項及び49条5項においては、退去強制に向けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」として主任審査官の義務として規定をおいたものと解され、これらの規定と法24条をあわせて解釈すれば、実体規定である法24条において退去強制について前記効果裁量及び時の裁量を認めている以上、主任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮してもなお退去強制手続を進めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せず、法の定める次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべきであり、このように法の各規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付についての裁量を認めることは、法47条4項、48条8項及び49条5項の各規定と何ら矛盾するものではない。
       また、被告は、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点から考えられない旨の主張をするが、前記のとおり裁決が行政処分ではなく、単なる行政機関内部における決裁手続にすぎないと解すべきであるから、その決裁の趣旨が退去強制令書の発付を命じる趣旨であるとしても、それは組織法上の義務を生じさせるにとどまり、それにより当該発付処分が適法となるのではなく、客観的に裁量違反ないし比例原則違反の事実がある場合には当該処分は違法といわざるを得ない。このことは処分庁が事前に上級行政庁の決裁を受けて行政処分をした場合一般に生じることであり、そのような決裁が行われたとしても、裁量権行使の主体は、あくまでも当該行政処分を行う行政庁であり、上級行政庁となるわけではないのである。
      (3) 以上を前提とすれば、法49条1項の異議の申出に対する裁決につきこの取消しを求める訴訟は、対象の処分性を欠く不適法なものといわざるを得ないこととなり、上記(2)のとおり、退去強制令書発付処分につき効果裁量、時の裁量が認められていることによれば、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無に加え、その裁量の逸脱濫用についても同処分の違法事由として主張し得ることとすべきであると解すべきである。このような解釈によれば、前記判示の解釈により法49条3項の法務大臣の裁決につき独立して適法に取消訴訟を提起することができなくなるが、法49条3項の裁決の取消訴訟で問題とされた法務大臣の裁量権行使の適否は、退去強制令書発付における主任審査官の裁量権行使の適否においてもほぼ同一の内容で審理の対象となるべきものであって、外国人が退去を強制されることを争う機会を狭めるものとはならない。むしろ、在留特別許可をするか否かの判断がたまたま法49条の裁決に当たってされるとの制度が採用されていることのみを捉え、本来全く別個の制度である在留特別許可の判断(法50条3項は、在留特別許可が、専ら退去強制事由に該当するか否かを判断してされる法49条の裁決とは本来的に異なる制度であることから、在留特別許可がされた場合には、あえて、それを法49条4項の適用につき異議の申出に理由がある旨の裁決とみなす旨を定めている。)の当否を法49条3項の裁決の違法事由として主張し得ることを認めるという無理のある解釈を採用する必要がなくなるものである。
      (4) 小括
       以上によれば、本件訴えのうち、原告らが被告法務大臣がした本件各裁決の取消しを求める部分は対象の処分性を欠く不適法なものというべきである。そして、そうである以上、争点2についての判断は不要ということになり、以下、争点3(退去強制令書発付処分の適法性)について判断することとなるが、法は、主任審査官の行うべき具体的な裁量基準を定めていないし、これまでの実務においては被告らが主張するとおり主任審査官には全く裁量の余地がないとの考え方がとられていたのであるから、行政庁内部においても裁量基準等は策定されていない。もっとも、法は、退去強制事由のある者を適法に在留させる唯一の制度として在留特別許可という制度を設けているのであるから、この趣旨からすると、主任審査官は在留特別許可をすべき者について退去強制令書を発付することは許されない反面、退去強制令書を発付しないことが許されるのは在留特別許可をすべき者に限られると解すべきである。そうすると、争点3についての判断内容は、争点2について判断した場合の判断内容と全く一致することとなる。また、被告らは、主任審査官には裁量権がないとの主張をしているため、本件各退令発付処分に当たってどのような裁量判断がされたのかも主張しない。これを形式的に取り扱うと、被告主任審査官は事の当否を具体的に検討しないまま結論のみ認めたものとして、その処分を取り扱わざるを得なくなるが、被告らは、被告法務大臣がした本件各裁決が適法なものであるとして具体的な主張をしているところであり、その主張は、仮に被告主任審査官に裁量権があるとするならば、同様の裁量判断に基づいて本件各処分をしたものであると主張しているものと善解できるから、以下の検討においては、被告主任審査官が被告法務大臣と同様の判断に基づいて本件各退令発付処分をしたものとの前提で行うこととする。
      2 争点3(本件各退令発付処分の適法性)
      (1) 事実関係
      a 来日の経緯
       原告は、1963年(昭和38年)8月23日にイランのテヘランで生まれ、1978年(昭和53年)に中学を中退した後、しばらく働いて貯めた金と父からの借金により、洋服の縫製会社を設立し経営を行ったが、イランイラク戦争等により政情・景気が不安定となり、会社を閉鎖せざるを得なくなった。その後、1983年から1985年まで兵役に服しイランイラク戦争に従軍した。そして、1986年には、原告妻と結婚したが、安定した職を得ることが難しく、原告長女も出生したものの、生活が苦しくなったため(この点については、乙第5号証、第13号証中には、やや異なった趣旨にも読める記載があるが、これらの証拠全体の趣旨や後掲各証拠に照らすと、上記認定に反するものではないと認めるのが相当である。)、日本に行きたいと考えるようになり、平成2年5月に来日した。当初は3ヶ月程度の短期間働き帰国するつもりであったが、当初働いたプラスチック会社で給料が約束どおりには支払われなかったことや、日本で職を得て生活が安定するうちに、次第に日本に長くいたいという気持ちが働いたこと、また、イランに戻っても職がないため、帰国する機会を失い、不法残留するに至った。
      (乙4、11、23、29、原告夫本人)
      b 原告らの生活の状況
       原告夫は、来日当初、群馬県安中市のプラスチック会社に勤務し、その後、別のプラスチック会社やパチンコ製造会社等に勤務したのち、平成5年1月からは内田基興において下水道配管工として稼働していたが、不法就労の発覚を恐れた社長からの勧めに従って、平成11年2月に同社を辞め、鉄骨組立ての請負業を始めるとともに、時には内田基興の下請けもし、本件処分当時には15万円から25万円の月収があった(平成10年において303万0400円の収入を得ている)。原告らは、平成4年3月ころから平成12年4月ころまでの間、群馬県藤岡市ij番地mのアパートに居住していた。
        (甲3、15、乙4、5、23)
       原告夫は、現在、友人のもとでアルバイトをし、月に17〜18万円の収入を得ており、平成12年5月に群馬県多野郡n町o番地の木造瓦葺2階建ての住居を賃借し、原告ら4名で生活している。
        (甲4、原告夫本人)
       原告長女は、平成7年4月、居住地の隣町である群馬県多野郡n町のn町第一小学校に入学し、平成13年4月には、同町立n町中学校に入学し、現在中学校3年生に在学している。原告長女は、本件処分当時はもとより、現在も原告夫・妻との会話も日本語で行っており、原告夫や妻が話すペルシャ語を理解することこそできるものの、ペルシャ語を話すこと、書くことはできない。原告長女と次女も日本語で会話をしている。原告長女は、服装もイランでは着用することが考えられない日本の女児が着る服を着用し、食事もカレー、すしなど日本の子供が好む食事を好みイラン料理は好まないし、交友関係や家族との関係もイランの習慣にはなじんでおらず、完全に日本の習慣になじんでおり、引き続き我が国に在留し、勉学を続けることを強く望んでいる。
        (甲5、21、22、44、乙40、原告夫本人、弁論の全趣旨)
       原告夫及び原告妻は、原告長女・原告次女に対してイスラム教のお祈りのことを教えたり、断食を行ったり、コーランを読み聞かせるといった宗教教育を行ってはいるものの、子供らが実際に宗教教育を行うことはなく、原告らがモスクに行くことなどもない。
      (原告夫本人)
       原告ら一家は、平成4年から本件処分の直前まで約8年間藤岡市において定住し、その間、本件処分事由以外には法に触れることもなく平穏に生活しており、平成14年2月には、原告夫及び妻が、財団法人日本国際教育協会及び国際交流基金が実施した日本語能力試験3級に合格し、また、原告長女・次女の学校・保育園の行事等には必ず参加するなど、地域にとけ込んだ生活を送っている。
      (甲17、18、原告夫本人)
       原告ら家族が住む群馬県多野郡n町は、人口が約1万2000人であり、うち外国人は300名程度である。町内にある上武大学経済学部への留学生が多いが、在留特別許可を得たイラン人も生活している。n町国際交流協会が、無料の日本語教室を行うなどしており、町としても外国人労働者やその家族を受け入れることになれており、抵抗が少なく、トラブル等も発生していない。
      (甲31)
      c イランの状況
      (a) イランにおける原告らの具体的状況
       原告夫の家族は、両親のほかに兄が1人、姉が2人、弟が3人イランで生活している。父は、本件各処分後の平成13年4月半ばに亡くなった。父は、生前、テヘラン市内でスーパーを経営していたが、現在は弟2人が同スーパーを経営している。
      (乙4、原告夫本人)
       原告夫は、平成8年ころまでに、日本円で合計300万円をイランにいる父に送金し、父を介して、イランの父の家の近くに中古の住居を購入した。しかし、その住居は、原告夫が収容されている間、原告妻らの生活資金が必要となったため、平成12年7月に売却され、現在、原告ら家族は、イラン国内に財産を有していない。
      (甲17、18、乙4、5、13、原告夫本人)
      (b) イランの一般的状況
       イランにおいては、イスラム教に基づく宗教的な戒律に厳しく規定された文化があり、戒律を子供に教える教本に基づき、幼少のころから戒律を身につけることが当然となっている。具体的には、女性は、ヘジャブ(謙虚な服装規定)が義務付けられ、頭髪を十分に覆い、化粧は禁止され、違反をした場合には罰金、鞭打ち等の刑を科せられ、自由に男性と話すことや自由に外出することはできないほか、家庭及び財産問題について法律上の差別がされている。また、食事等についても豚肉を食べることが禁じられたり、ラマダン(断食)の習慣があるなどの定めもある。
      (乙89、原告夫本人)
       イランの教育制度は、小学校が5年、中学が3年、高校が4年、大学が2年から4年といった制度となっており、中学校までが義務教育とされている。高校には80〜90パーセントの者が入学するが、その際には試験がある。通常の学校においてはペルシャ語ができない者のためのクラスなどは用意されておらず、一般家庭では負担することが困難な金額を支払って特別授業を受けるほかない。
      (乙89、原告夫本人)
       原告夫は、原告らの知人で原告長女と同年のEが日本からイランに帰国した後、学校で先生の話す言葉がわからず、授業が全然理解できないため、普通の学校には通わなくなったと聞いた。
      (甲21)
       平成14年1月16日に国際連合経済及び社会会議人権委員会においてされたイランにおける人権状況の報告によれば、イラン政府高官の公式な発表でも平成13年3月から7月にかけて失業率が13.7パーセントとされ、同年6月のある新聞報道によれば季節労働者や登録されていない失業者を含めれば25パーセントを超えていることが確実との報道があり、度重なる給料未払の事案や、大規模な労働者の一斉解雇等の報道もされている。
      (甲43)
      d 集団出頭の状況
       原告らは、平成11年12月28日に東京入管に出頭し、自己の不法残留事実の申告を行ったものであるが、原告らは在留特別許可を取得すべく、一斉行動として出頭したグループに参加しているものである。同グループは、第1次出頭者として5家族、2単身者の21名が同年9月1日に東京入管に出頭し、第2次出頭者として5家族、17名が平成11年12月28日に出頭した。
      (甲7、8)
       これらの家族等については、10家族、2単身者のうち、5家族に対して在留特別許可が認められ、「定住」の在留許可を得ている。在留特別許可を受けた家族の構成は、12才(小学校6年生)の女児と5才の長男をもつ夫婦や15才の長男を持つ夫婦等がおり、いずれも10年近く日本において生活しているものであった。
      (甲7、8)
      (2) 本件における主任審査官の裁量の適否
      a 判断のあり方−特に裁量基準との関係について
       前記1(4)で説示したとおり、主任審査官の裁量の適否は、要するところ、当該外国人が在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かについての判断を誤ったと評価し得るか否かにかかるところ、その判断自体にも裁量が認められるべきものであるから、裁判所としては、主任審査官の上記の点についての判断は裁量権の逸脱濫用があったか否か、すなわち、原告らにつき在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かの判断に当たり、当然に重視すべき事項を不当に軽視し、又は、本来重視すべきでない事項を不当に重視することにより、その判断が左右されたものと認められるか否かという観点から審査を行い、これが肯定される場合には本件各退令発付処分を取り消すべきものとするのが相当である。
       そして、主任審査官が本件各退令発付処分に当たり、いかなる事項を重視すべきであり、いかなる事項を重視すべきでないかについては、本来法の趣旨に基づいて決すべきものであるが、外国人に有利に考慮すべき事項について、実務上、明示的又は黙示的に基準が設けられ、それに基づく運用がされているときは、平等原則の要請からして、特段の事情がない限り、その基準を無視することは許されないのであり、当該基準において当然考慮すべきものとされている事情を考慮せずにされた処分については、特段の事情がない限り、本来重視すべき事項を不当に軽視したものと評価せざるを得ない。被告らは、この点について、裁量権の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として、当不当の問題が生ずるにすぎないと主張し、過去の裁判例にもこれを一般論として説示するものが少なくないが(例えば、最高裁大法廷判決昭和53年10月4日民集32巻7号1231頁)、このような考え方は、行政裁量一般を規制する平等原則を無視するものであって採用できない。
      b 長期間平穏に在留している事実の評価
      (a) 本件の特徴は、前記(1)の事実関係からすると、原告ら一家が10年近くにわたって平穏かつ公然と在留を継続し、既に善良な一市民として生活の基盤を築いていることにある。原告らは、この点を、有利に考慮すべき重要な事実であると指摘するのに対し、被告らは、これは原告らにとって有利な事実ではなく、むしろ、長期間不法在留を継続した点において不利益な事実であると主張する。このことからすると、本件各処分は、上記事実を原告らに不利益な事実と評価してされたものと認めざるを得ない。
      (b) しかし、上記の事実は、在留特別許可を与えるか否かの判断に当たって、容疑者側に有利な事情の第一に上げることが、実務上、少なくとも黙示的な基準として確立しているものと認められる。
       すなわち、このような在留資格を持たないまま長期にわたって在留を継続する者が相当数に上っていることは公知の事実であるが、そのような事態は相当以前から継続しているのであって、昭和56年の本法の題名を含む大改正の際にも、その解決策が国会で議論されたところである。例えば、昭和56年5月15日の衆議院法務委員会において、F委員がこれらの者のうち一定の条件を満たす者に適法な在留資格を与えるべきではないかとの立場から、「密入国してから十年以上くらい立った者、そしていま大臣のおっしゃるように社会生活も素行も生活水準も安定している者については、自主申告をした場合には検討に値する(在留を認めることを検討するに値するとの趣旨)というふうな水準だといわれておるのですが、いかがですか。」との質問をしたのに対し、当時の法務省入国管理局長は、「個々の事案につきましては、その不法入国者の居住歴、家族状況等、諸般の事情を慎重に検討して、人道的配慮を要する場合には特にその在留を認めているわけでございます。したがいまして、不法入国者が摘発されまして強制退去の手続がとられた後でも、法務大臣の特別在留許可がこういう場合には出るということになります。」とした上、それに続く同委員の質問に答えて、「潜在不法入国者のうちには、子供がいよいよ学齢に達したとか、そういう事情からみずから名のり出て、先生のおっしゃいましたいわゆる自主申告をする人がおります。こういう場合には、私どもといたしましては、当然、情状を考慮するに当たりましてプラスの材料と考えております。」と答弁し、さらに当時の法務大臣は、「特別在留許可あるいは永住許可をもらえるのはどういう人であるかというある程度の基準が明らかになってくることも、私はいまのようなお話を伺っていますと大切なことじゃないかなと思います。これまでやってきたことを振り返ってみて、まとめるのも一つかなと、いまお話を伺いながら考えたわけであります。さらに、個々の事案について処理する場合にも、従来以上に人道的な配慮を加えていくことも一つの転換になるんじゃないかな、こう思うわけでございまして、私としてはできる限り人道的な配慮というものを重く見ていきたいな、こう思っております。」と答弁しているのである(同日付け衆議院法務委員会議録第14号3ないし4頁)。
       また、このときの法改正によって法61条の9及び10が新設され「法務大臣は、出入国の公正な管理を図るため、外国人の入国及び在留の管理に関する施策の基本となるべき計画(出入国管理基本計画)を定めるものとする。」、「法務大臣は、出入国管理基本計画に基づいて、外国人の出入国を公正に管理するよう努めなければならない。」と定められ、これに基づいて本件各処分前の平成12年3月24日に策定された「出入国管理基本計画(第2次)」(法務省告示149号)V
      2(2)には、「在留特別許可を受けた外国人の多くは、日本人等との密接な身分関係を有し、また実態として、さまざまな面で我が国に将来にわたる生活の基盤を築いているような人である。より具体的な例としては、日本人と婚姻し、その婚姻の実態がある場合で、入管法以外の法令に違反していない外国人が挙げられる。法務大臣は、この在留特別許可の判断に当たっては、個々の事案ごとに在留を希望する理由、その外国人の家族状況、生活状況、素行その他の事情を、その外国人に対する人道的な配慮の必要性と他の不法滞在者に及ぼす影響とを含めて総合的に考慮し、基本的に、その外国人と我が国社会とのつながりが深く、その外国人を退去強制することが、人道的な観点等から問題が大きいと認められる場合に在留を区別に許可している。」と明記している。この趣旨は、我が国において将来にわたる生活の基盤を築き、在留中の素行に問題がなく、その外国人と我が国社会とのつながりが深いことは、在留特別許可を与える方向に考慮すべき事情としているものと認めることができよう。そして、原告らと同日に入管当局に出頭した家族に在留特別許可が与えられていることも、上記事実を有利に考慮した結果であると考えられるところである。
       これらによると、上記のように適法な在留資格を持たない外国人が長期間平穏かつ公然と我が国に在留し、その間に素行に問題なくすでに善良な一市民として生活の基盤を築いていることが、当該外国人に在留特別許可を与える方向に考慮すべき第一の事由であることは、本件処分時までに黙示的にせよ実務上確立した基準であったと認められるのであり、本件処分は、これを無視したばかりか、むしろ逆の結論を導く事由として考慮しているのであって、そのような取扱いを正当化する特段の事情も見当たらず、しかも、それが原告らに最も有利な事由と考えられるのであるから、当然考慮すべき事由を考慮しなかったことにより、その判断が左右されたものと認めざるを得ない(このような場合に、その点を適切に考慮したとしても、他の事情と総合考慮したとすることにより、当該処分が客観的には適法なものと評価し得る場合もあり得るところではあるが、そのような事情は処分の適法性を主張する被告らにおいて、予備的にせよ主張・立証すべきものであって、被告らがそのような主張立証をしない場合には、裁判所としては、自ら積極的にそれらの点を審理判断することはできず、当該処分を取り消して、再度判断させるほかない。)。
      (c) 以上によると、本件各処分は、上記の事項の評価を誤った点のみからしても、裁量権を逸脱又は濫用してされたものとして取り消されるべきものであるが、被告らが本件処分の相当性につき積極的に主張している2つの事由についても、その判断内容に社会通念上著しく不相当な点があり、それらの点は本件各退令発付処分の相当性を基礎付けるものとは考え難いので、念のため、c及びdで説示するとともに、本件各退令発付処分は、比例原則の観点からも是認できないことをeにおいて説示する。
       なお、被告らは、昭和54年の最高裁判決を引用して主張しているが、同判決も上記事項を外国人に有利な事情として考慮することを否定しているものではないと解すべきであるし、仮にそうでないとしても、この判決後に黙示的にせよ裁量基準が確立している以上、この判決は上記の判断に影響を及ぼすものではない。
      c 本国に帰国した場合の原告らの生活
       被告らは、原告夫及び原告妻の親兄弟が本国イランに在住していること、及び原告夫名義の自宅を本国において購入していることの2点を根拠として原告らが本国に帰国しても生活に支障はないと主張している。
       しかし、原告夫及び原告妻の親兄弟の職業や収入状況等は明らかでなく、帰国した原告らにどの程度援助をし得るかも明らかではない。また、自宅が存在することから当面居住する場所を確保し得ると被告らは判断したと思われるが、原告らが収入を得る途については何ら考慮が払われておらず、原告らが特段の技能を有するものでもなく、原告夫が本件処分時37才であり、10年近くも本国を離れていたこと、本国においては失業率が高い状態が続いていることからすると、むしろ、原告らが本国に帰国した場合には、その生活には相当な困難が生ずると予測するのが通常人の常識にかなうものと認められる。
       そうすると、被告らの上記指摘は、十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。
      d 帰国による原告長女及び原告次女への影響
       被告らは、原告子らが未だ可塑性に富む年代であることを根拠に両親とともに帰国することがその福祉又は最善の利益に適うと主張する。
       しかし、被告らの上記主張の根拠は極めて抽象的なもので、我が国で幼少から過ごした原告子らが、言語、風俗及び習慣を全く異にするイランに帰国した場合に、どのような影響を受けるかについて具体的かつ真摯に検討したものとは到底うかがわれない。特に、我が国とイランとにおける女性の地位には、前記認定のように著しい差異があり、イランの女性が法律上も事実上も男性よりも劣った地位におかれていることを耐え得るのは、宗教教育等により幼少時からそれをやむを得ないものとして受け入れていることによるところが大きいと考えられるのである。これに対し、原告子ら、特に原告長女は、本件処分当時12才であり、その年齢まで一貫して我が国社会において男子と対等の生活を続けてきたのであるから、本国に帰国した際には、相当な精神的衝撃を受け、場合によっては生涯いやすことの困難な精神的苦痛を受けることもあり得ると考えるのが、通常人の常識に適うものと認められる。
       そうすると、被告らの上記主張も十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。
      e 比例原則違反
       法は、本法に入国し、又は本法から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図ることを目的としているものであり、退去強制令書が、入国審査官の退去強制事由該当の認定に服した(口頭審理の請求をしない旨記載した文書に署名した)者(47条4項)、口頭審理において入国審査官のした認定に誤りがない旨の特別審理官の判定に服した者(48条8項)、法務大臣により法49条1項の異議の申出に理由がない旨の裁決を受けた者(49条5項)に限って発付され、退去強制事由に該当する者の送還を行うのに不可欠なものであることにかんがみれば、退去強制令書の発付処分は、法が目的とする出入国の公正な管理のために重要な役割を持っているものであると認められ、本件各退去強制令書発付処分を行い、もって出入国管理の適正を図る必要性があるという側面は否定し得ない。
       しかし、原告ら家族は、日本では、在留資格を得られない苦しい状況の中、家族4人での生活の基盤を築いたものであり、その基盤は、在留資格を得られることによりさらに強固になることが予測され、自治体やこれまでの勤務先も、在留資格を得られることを条件に、原告らを受け入れ、正式に支援する体制が築かれている。また、同人らは、法違反以外に何らの犯罪等を行ったことはなく、社会にも積極的にとけ込んでいるといえる。また、原告夫の在留期間は、処分時で約10年、現在で約13年と、本邦に長期在留していると評価しうる期間に達している上、原告ら家族は、子供がいずれも学齢に達し、また、在留資格を有しないことによる不利益も多いことから、悩んだ末、やむにやまれず自ら不法残留事実を自己申告したものであり、前記(2)bによれば、これらの事情は、原告の在留資格付与にとって有利な事情というべきである。
       また、前記認定の事実によれば、原告ら家族は、原告夫が相当期間収容され、その後も本訴が係属中との事情もあるため、現在、原告夫のアルバイトでの十数万円という収入での家族4人の生活を維持せざるを得ない状況にあるため、イランへ送還されると当座の費用をまかなうだけの蓄財もないことは容易に推認できる。また、イランの一般的な経済状況や原告が10年以上イランを離れていたこと等にかんがみれば、原告夫に職が見つかる可能性は低く、原告らは、イラン国内に有していた自宅を原告夫の収容中の生活費に充てるために売却したことから(甲16)、居住用の不動産を所有しておらず、また、原告夫の兄弟による支援の可能性は否定し得ないものの、その生活状況等からみれば多くの支援は期待できないとみるのが自然であり、帰国した際には、直ちに家族4人が路頭に迷う蓋然性があるといえる。
       特に、2歳のときに来日し、10年以上を日本で過ごした原告長女は、上記のとおり、その生活様式や思考過程、趣向等が完全に日本人と同化しているものであり、イランの生活様式等が日本の生活様式等と著しく乖離していることを考慮すれば、それは単に文化の違いに苦しむといった程度のものにとどまらず、原告長女のこれまで築き上げてきた人格や価値観等を根底から覆すものというべきであり、それは、本人の努力や周囲の協力等のみで克服しきれるものではないことが容易に推認される。原告長女は、現在、日本の中学で勉学に励み、日本の生徒と遜色のない成績を修めているが、イランに帰国した場合には、在学を維持することにすら相当な困難が伴い、就職等に際しても、日本で培われた価値観がマイナスに作用することが十分考えられる。
      原告次女については、原告長女よりは年少であり、相対的には適応の可能性が高いとみることもできるであろうが、それが容易でないことも明らかというべきである。この点において、G証人の日本で生まれたり日本で育ったイスラム教徒の子供が、イスラムに帰るということは死ねと言うに等しいという趣旨の証言は、十分傾聴に値するものというべきである。前記の子どもの権利条約3条の内容にかんがみれば、この点は、退去強制令書の発付に当たり重視されるべき事情であるといえる。
       以上によれば、退去強制令書の発付及びその執行がされた場合には、原告ら家族の生活は大きな変化が生じることが予想され、特に原告長女に生じる負担は想像を絶するものであり、これらの事態は、人道に反するものとの評価をすることも十分可能である。
       そして、前記のような不法在留外国人の取締りの必要性があることは確かではあるが、不法残留以外に何らの犯罪行為等をしていない原告ら家族につき、在留資格を与えたとしても、それにより生じる支障は、同種の事案について在留資格を付与せざるを得なくなること等、出入国管理全体という観点において生じる、いわば抽象的なものに限られ、原告ら家族の在留資格を認めることそのものにより具体的に生じる支障は認められない。仮に、原告らと同様の条件の者に在留特別許可を与えざるを得ない事態が生じたとしても、原告らのように長期にわたって在留資格を有しないまま在留を継続し、かつ、善良な一市民として生活の基盤を築くことは至難の業というべきことであるから、そのような条件を満たす者に在留特別許可を与えることにどれほどの支障が生ずるかには大いに疑問がある。本件においても、原告らの在留資格付与の要否について、在留期間や生活の安定性、自己申告の有無に加え、イランに帰国した場合どのような事態が予測されるか等を考慮した上で検討を行っているものであり、他の者についてもこれと同様慎重な判断を行った場合には、前記のような出入国管理全体という観点からも著しい支障は生じないというべきであろう。このことは、現に、前記判示のとおり、被告法務大臣が、原告と特段の事情の差異が認められない家族について、在留特別許可を行っているところからしても明らかである。
       以上によれば、原告ら家族が受ける著しい不利益との比較衡量において、本件処分により達成される利益は決して大きいものではないというべきであり、本件各退去強制令書発付処分は、比例原則に反した違法なものというべきである。
       このような原告に著しい不利益が生じることが予測される状況の中、原告らにこのような不利益を甘受せよというには、被告が主張するように、不法な在留の継続は違法状態の継続にほかならず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのものではないとの考え方に拠るほかないが、このような考え方が援用できないことは前記bに説示したところである。また、在留特別許可の制度は、退去強制事由が存在する外国人に対し、在留資格を付与する制度であり、その退去強制事由から不法残留や不法入国が除外されていることなどはないのであるから、法は、不法入国や不法残留の者であっても、一定の事情がある場合には在留資格を付与することを予定しているものとみることもでき、単純に、不法在留者の本邦での生活が違法状態の継続にすぎないとしてそれを保護されないものとするのはあまりに一面的であり、当該外国人に酷なものであるといわざるを得ない。
       在留資格を有しないことによる多くの不利益の中、自己や家族の生活の維持に努めながら、帰国しなければという思いと本邦での生活に完全にとけ込みながら成長していく子供の成長等の狭間で長期間にわたり自らの状態等に悩みながら生活していた原告夫及び妻の心中は察するにあまりあるものであり、当人らとしても違法状態を認識しながらもいずれの方法も採り得なかったというのが正直なところであると思われる。乙第79号証の1、2、第90号証の1、2、第91号証の1、2によれば、入管当局としても不法滞在外国人の取締り等を可能な限り行っていることは認められるが、本件に限ってみても外国人登録の際や小学校・中学校への入学時など、原告らが公的機関と接触を持っている期間は多数あり、そのような場面での取締りが制度化しておらず、取締りが行われなかったことで長期化した在留について、その非をすべて原告に負わせるというのは無理があると考えられる。
      (3) 小括
       以上によれば、本件各退令発付処分は、前記(2)bのとおり、既に確立した裁量基準において原告らに有利に考慮すべき最重要の事由とされている事項を、原告らに有利に考慮しないばかりか、逆に不利益に考慮して結論を導いている点において、裁量権の逸脱又は濫用するものであるし、前記(2)c及びdとおりその相当性の根拠として積極的に主張された点は、いずれも十分な根拠に基づかない独断といわざるを得ないから、その相当性を基礎付ける事由も認定することができず、しかも、前記(2)eのとおり、比例原則にも反するものであるから、これを取り消すべきものと
      するほかない。
      第5 結論
       以上によれば、原告らの被告法務大臣に対する訴えは不適法であるからこれを却下することとし、原告らの被告主任審査官に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、被告法務大臣は本訴において勝訴しているものの、被告主任審査官の本件処分を実質的には事前に決裁しているものとみるべきことを考慮し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、62条、64条ただし書、65条を適用し、主文のとおり判決する。
      民事第3部
       (裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭 裁判官菊池章は、転官のため署名することができない。裁判長裁判官 藤山雅行)
  • 東京地方裁判所
    平成12年(行ウ)第211号
    平成15年09月19日

    主文
    1 被告東京入国管理局主任審査官が平成12年6月30日付けで原告A、同B、同C及び同Dに対してした各退去強制令書発付処分をいずれも取り消す。
    2 原告らの被告法務大臣に対する各訴えをいずれも却下する。
    3 訴訟費用は被告らの負担とする。

    事実及び理由
    第1 請求
    1 主文第1項同旨
    2 被告法務大臣が平成12年6月30日付けで原告A、同B、同C及び同Dに対してした、出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決をいずれも取り消す。
    第2 事案の概要
    1 事案の要旨
     本件は、いずれもイラン・イスラム共和国の国籍を有し、在留期間を徒過して本邦における在留を続けることとなった原告A(以下「原告夫」という。)、その妻である原告B(以下「原告妻」という)、その子である原告C(以下「原告長女」という。)及び原告D(以下「原告次女」という。)が、被告法務大臣が平成12年6月30日に原告らに対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)及び被告主任審査官が同日に行った各退去強制令書発付処分(以下「本件各退令発付処分」という。)はいずれも違法であるとしてその取消しを求めるものである。
    2 判断の前提となる事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
    (1) 当事者
     原告夫は、1963年8月23日生まれのイラン・イスラム共和国(以下、単に「イラン」という。)国籍を有する男性であり、原告妻という。)は、1966年12月22日生まれの同国国籍を有する女性であって、両人は、夫婦である。原告長女(1988年5月7日生まれ)及び原告次女(1996年9月9日生まれ)は、いずれも原告夫と原告妻の間に生まれた女児であり、同国国籍を有する者である。
    (2) 原告らの入国及び在留の経緯
    ア 原告夫は、平成2年5月21日、イランのテヘランからイラン航空機で成田空港に到着し、東京入管成田支局入国審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「Buisiness」等と、日本滞在予定期間の欄に「9DAYS」と記載して上陸申請を行い、同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第79号による改正前のもの。以下「旧法」という。)4条1項4号に定める在留資格及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
     原告夫は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限である平成2年8月19日を超えて本邦に不法残留をするに至った。
    イ 原告妻は、平成3年4月26日、原告長女とともにシンガポールからシンガポール航空機で成田空港に到着し、東京入管成田支局審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「TOURIST」、日本滞在予定期間の欄に「ONE WEEK」と記載して上陸申請を行い、それぞれ同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表1に規定する在留資格「短期滞在」及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
     原告妻及び原告長女は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限である平成3年7月25日を超えて本邦に不法残留するに至った。
    ウ 原告妻及び原告長女は、平成6年1月5日に、埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市ab−c−dとして、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年1月24日、外国人登録証明書の交付を受けた。
     原告夫は、平成7年4月11日に埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市ef−g−hとして、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年5月17日外国人登録証明書の交付を受けた。
    エ 原告次女は、平成8年9月9日、群馬県藤岡市所在の根岸産婦人科小児科医院において、原告夫及び原告妻の間に出生したが、在留資格の取得の申請を行うことなく出生から60日を経過した平成8年11月8日を超えて本邦に在留し、不法残留するに至った。
    オ 原告次女は、平成9年5月22日に群馬県藤岡市長に対し、居住地を群馬県藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同日、外国人登録証明書の交付を受けた。
    カ 原告妻は、平成8年10月31日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙20)。
    キ 原告夫は、平成11年1月13日及び同年11月17日に、埼玉県本庄市長及び群馬県藤岡市長に対し、居住地をそれぞれ埼玉県本庄市ef−k−l及び群馬県藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした。
     原告長女は、平成11年11月25日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市ijとして、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙38)。
    (3) 原告らの退去強制手続の経緯
    ア 原告らは、平成11年12月27日、東京入管第2庁舎に出頭し、不法残留事実について申告した。
    イ 東京入管入国警備官は、平成12年1月27日原告夫及び原告妻について、同年2月15日原告妻について違反調査を実施した結果、原告らが法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年2月22日、原告らにつき、被告主任審査官から収容令書の発付を受け、同月24日、同令書を執行して、原告らを東京入管収容場に収容し、原告夫及び妻を法24条4号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。被告主任審査官は、同日、原告らに対し、請求に基づき仮放免を許可した。
    ウ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月7日原告夫について違反審査をし、その結果、同年3月7日、原告夫が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、原告夫にこれを通知したところ、原告夫は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
    エ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月15日、原告妻、原告長女及び原告次女について違反審査をし、その結果、同年3月15日、前記各原告が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、前記各原告にこれを通知したところ、前記各原告は同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
    オ 東京入管特別審理官は、平成12年4月24日、原告夫について、口頭審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、原告夫にこれを通知したところ、原告夫は、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、原告夫からの異議の申出については、理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、原告夫に同裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
    カ 東京入管特別審理官は、平成12年4月26日、原告妻、原告長女及び原告次女について口頭審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同原告らにこれを通知したところ、同原告らは、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、原告妻、原告長女及び原告次女からの各異議の申出については理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、同原告らに同裁決を告知するとともに、それぞれに対し退去強制令書を発付した。
    第3 当事者の主張
    1 被告
    (1) 本件各裁決の適法性について
    ア 原告らの退去強制事由
     原告夫、妻及び原告長女が、それぞれの在留期間を超えて不法残留したこと及び原告次女が、本邦で出生したものの、在留資格の取得の申請を行うことなく、出生から60日を経過した日を超えて不法残留していたことは明らかであり、原告らが退去強制事由に該当することを認めた特別審理官の判定に何ら誤りはない。
    イ 在留特別許可に係る法務大臣の判断の適法性
    (ア) 法務大臣の広範な裁量権
     法務大臣は、異議の申出に対する裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認める場合でも、特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可することができるところ(法50条1項3号)、このような在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特別に在留を認める処分であって、その性質は、恩恵的なものであるというべきである。そして、在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることから、在留特別許可に係る法務大臣の裁量の範囲は極めて広範なものであって、当該裁量権の行使が違法となるのは、法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情がある場合等、極めて例外的な場合に限られる。
    (イ) 本件各裁決に裁量権の逸脱又は濫用がないこと
     原告夫、原告妻及び原告長女は、イランで出生・生育し、来日するまで我が国とは何らのかかわりのなかったものであったが、渡航目的を偽って本邦に上陸し、原告夫及び原告妻は、その後間もなく不法就労を開始しているところ、不法残留に至った経緯は極めて計画的であって、不法就労を行った期間も長く、出入国管理行政上看過し難いものがある。原告夫及び原告妻の親兄弟は、イラン本国に在住し、本件各裁決当時には、不法就労で得た金銭で本国に自宅まで購入しているのであって、原告らがイランに帰国したとしても本国での生活に支障はないものというほかない。また、原告子らは、未だ可塑性に富む年代にあり、仮に当初は言語や生活習慣の面で多少の困難を感じることがあるとしても(現地での生活を経験することが言語や生活習慣を身につける最善の方法であり、両親との本邦からの退去がやむを得ないものである以上、その年齢にかんがみると、一刻も早い帰国が望まれるというべきである。)、両親とともに帰国するのが子の福祉又は最善の利益に適うところであることは明らかであり、他の親族の在住するイランでの生活に慣れ親しむことは十分に可能であると見込まれるのであって、原告らについて、本邦への在留を認めなければならない特別な事情が存在するとは認められない。
     確かに、原告らは、本邦に不法に残留する間に一定の安定した生活状態を形成したものといえなくもないが、最高裁昭和54年10月23日第3小法廷判決は、約10年前に不法入国した外国人男性、約13年前に不法入国した同国人女性及び本邦において出生した両名間の子ら2名に対し、法務大臣が在留特別許可を与えなかった事案について「本邦に不法入国し、そのまま在留を継続する外国人は、出入国管理令9条3項の規定により決定された在留資格をもって在留するものではないので、その在留の継続は違法状態の継続にほかならず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのものではない」と判示しており、これは、本件においても当てはまるものといえる。そもそも不法残留は、処罰の対象となる違法行為であり、原告夫及び原告妻が本邦において長期間不法就労活動を行ったという事実は、違法行為が長期間に及んだことを意味するものであるから、被告法務大臣が原告らの在留特別許可の可否を判断する上で、当該事実を有利な事情と解しなければならない理由はないのであり、むしろ、長期にわたる不法残留事実や不法就労事実等が在留特別許可の判断において消極的要素として評価されるべきものである。
     以上のような諸事情を考慮すれば、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情が存在するとは認められない。
    (ウ) 原告の主張に対する反論
    a 原告らの出身国であるイランの教育や福祉等に係る状況をみても、児童の生育上特段の問題があると認められず、原告子らを送還することが在留特別許可の権限を法務大臣に認めた趣旨に反する非人道的なものであるといった事情は何ら存しないばかりか、イランに自宅を購入した時期までは、イランに帰国する意思を有していたが、当時小学校2年生であった原告長女が帰国したがらなかったため、そのまま不法残留を継続するに至った旨供述しており、帰国を前提とした生活設計をしていたというべきである。
    b 国際連合は、平成2年12月18日「すべての移住労働者とその家族構成員の権利保護に関する国際条約」を採択し、その30条は、移住労働者の子が公立学校で教育を受ける権利を有することを定め、そのような権利は、移住労働者である両親又はこの滞在が適法でないことを理由に拒否又は制限されない旨の規定をおいているが、同条約については受け入れ国側の懸念が強く、採択から10年以上経過した平成14年末においても、未だ批准国が20カ国に達していないため効力の発生にも至っておらず、しかも、そのような条約でさえ、上記30条のような規定は不法に滞在するこの在留の適法化に関する権利を含むものと解してはならないとしているのであるから(同条約35条)、国際的にも不法就労者の子女が流入先の国において教育を受ける利益を得ているとしても、流入先の国がこれを理由に当該不法就労者及びその子女の在留を適法化すべきであるなどという合意がされている状況が存在しないことは明らかである。
    c イスラム社会においても、男性の場合とは異なり、女性の性器切除(女性割礼)をイスラム教徒の義務とする見解はごく少数であり、女性割礼は北東アフリカ、西アフリカ、アラビア半島やマレーシアの一部などに限定された習慣であるとされ、イランの国内情勢に関する英国移民局の報告書は、「児童の虐待について知られた類型はない」とし、女性割礼について何ら触れていないのであるから、イランにおいて女性割礼が法的又は社会的に義務とされている状況があるとは認め難い。
    d 原告らと同様、出頭申告当時小学生だった子を有する不法残留外国人の家族について在留特別許可がされた例はあるが、他方、原告らとともに、平成11年12月27日に東京入管に出頭申告した不法残留中のイラン人5家族については原告らを含む4家族が在留特別許可を受けることなく退去強制令書発付処分を受けている。
     そもそも、在留特別許可は諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき恩恵的措置であって、その許否を拘束する行政先例ないし一義的、固定的基準なるものは存在しないのであって、本件各裁決が違法になるとはいえない。また、仮に、本件各裁決が実務に反するものであるとしても、前記(ア)の裁量の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として当不当の問題が生ずるにすぎない。
    e 不法残留者を中心とする不法就労者が我が国に多数存在するのは事実であるが、それは多数の不法就労者が新たに発生し続けている結果であって、不法就労活動が我が国の社会に容認されているからでもなければ、厳格な取締りが行われていないからでもない。原告らの居住地である群馬県でも不法就労活動が容認されているなどという事実はなく、平成12年の群馬県議会においては「大量の不法滞在者が存在するということは、来日外国人による犯罪の温床となっている。」「入国管理局との合同取締りということに重点を置いて」いるとして、平成11年には41人を平成12年には11月末までに366人を摘発して不法滞在者の定着化の阻止と減少を図っていることが報告されており、平成12年に全国で警察に検挙された法違反者は5862人である。群馬県において法違反者の摘発が積極的に行われていないことはない。また、平成12年に退去強制手続を採った不法就労者4万4190人中、群馬県で稼働していたものは1769人、平成13年に退去強制手続を採った不法就労者3万3508人中、群馬県で稼働していた者は1448人となっており、いずれも全国都道府県中8位となっている。さらに、平成14年11月に全国の地方入国管理官署が行った法違反外国人の一斉摘発において摘発された法違反者855名中、群馬県で摘発された者は58名であり、これは、大阪、東京、埼玉について全国都道府県中4位という高い順位となっているのであり、中小企業・零細企業を中心に「単純労働者」を望む声が強く、日本政府は厳格な形で外国人労働者による不法就労の取締りを行っていないということはない。
    (エ) 以上のとおり、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認めうるような特別の事情が存在するとは認められないから、本件各裁決に何らの違法性はない。
    (2) 本件各退令発付処分の適法性について
     退去強制手続において、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合、主任審査官は、退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから、本件各裁決が違法であるといえない以上、本件各退令発付処分も適法である。
     在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることは前記のとおりであるから、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた主任審査官は、時機を逸することなく、速やかに退去強制令書発付処分をしなければならず、そうであるからこそ、法49条5項も「すみやかに当該容疑者に対し」・・・「退去強制令書を発付しなければならない」とするものであって、退去強制令書の発付時期について主任審査官に裁量権があるとはいえない。
     法は、法務大臣が在留特別許可の権限を行使するか否かの判断を行う過程においてのみ、退去強制事由に該当する外国人の在留を例外的に認める裁量を認めており、異議の申出を受けた法務大臣が、在留特別許可に関する権限を発動せず、異議の申出に理由がないとの裁決を行った場合には、それは我が国が国家として当該外国人を退去強制すべきとする最終的な意思決定をしたことを意味するものであって、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点からして考えられず、法がこのような立法政策を採用しているとは考えられない。また、法は、在留資格のない外国人が本邦に適法に在留する
    ことは、明文で定められた例外を除いて予定していないところ、主任審査官が裁量により退去強制令書を発付しない場合に、当該外国人が引き続き本邦に在留するための法的地位を定める手続規定は存在しないのであって、法は、主任審査官の裁量により退去強制令書を発付しないという事態を想定していないというべきである。
     したがって、主任審査官に退去強制令書を発付するか否かに係る裁量権限がある旨の原告らの主張には理由がないというべきである。
    2 原告ら
    (1) 本件各裁決の適法性について(主位的主張)
    ア 裁決書の不作成
     法施行規則43条は、「法第49条第3項に規定する法務大臣の裁決は、別記第61号様式による裁決書によって行うものとする。」と定めている。同条は、単に口頭で行われた裁決の存在を確認・記録することを求めているのではなく、裁決が裁決書という書面によってされなくてはならないこと、つまり、裁決が書面による様式行為であることを定めているのである。
     とすると、裁決書が作成されていない本件各裁決には極めて重大かつ明白な手続上の瑕疵があり、本件各裁決の取消しは免れない。
    イ 本件各裁決の裁量違反
    (ア) 法務大臣の裁量権の範囲について
     日本国憲法は、国会を国権の最高機関と定めていることから、国家の裁量は、第一義的には国会に属するものとして立法裁量に現れることとなる。その立法裁量の結果として、特定の場合には外国人に入国・在留を許可すべく行政庁に義務づけをすることもあり、行政庁に裁量を与えつつ、許可内容に制約を付すこともある。そして、憲法の精神や「法律による行政の原理」からすれば、行政庁に全くの自由裁量が付与されることなどあり得ないのであって、一定の裁量権が与えられたとしても、その根拠となる法律の目的及び趣旨等によって覊束裁量となるのである。この点、法は、「出入国の公平な管理」を目的としており(1条)、「出入国の公平な管理」とは、国内の治安や労働市場の安定など公益並びに国際的な公正性、妥当性の実現及び憲法、条約、国際慣習、条理等により認められる外国人の正当な利益の保護をはかるための管理を意味する。法50条1項の趣旨も、この公益目的と外国人の正当な権利・利益の調整を図ることにあり、法務大臣の裁量権もこの趣旨の範囲内で認められるにすぎない。
     被告の主張は、この点を看過し、国家の裁量権と法務大臣の裁量権とを混同したものといわざるを得ない。
     また、上記のとおり、法の目的及び法50条1項の趣旨に覊束されるものであり、法も平成元年の法改正によって各在留資格に関する審査基準を省令で定めて交付し、行政の裁量の幅を減少させようとしているところであり、在留特別許可の制度に恩恵的な面があるとしても、そこから法務大臣の「極めて広範な裁量権」が導かれるものではない。
    (イ) 本件における裁量違反
    a 原告夫は、イランでの生活を維持するのが困難になり、やむなく来日したものであり、イランはいまだ政情も経済状況も不安定(イラン国内の失業率は25%を超えることが確実であるとされる。)であり、同国を10年以上も離れていた原告夫が同国で新たな職を得るのは極めて困難である。また、女性の社会進出が困難である同国において、原告妻が職を得ることはさらに困難であって、そうすると、原告ら一家は路頭に迷うこととなる。さらに、日本で十数年生活した原告夫婦が、イランに帰った場合にイランの環境に適応できなくなっている可能性もある。
     また、イランは、1979年のイスラム革命以後、イスラム教の聖典であるコーランが最高法規となるなど、イスラム教文化という我が国とはかけ離れた文化をもち、イスラム教国の中でも特に厳格な規律を重んじる国であって、基本的人権の保障においても、強い制約が存在し、特に女性は男性と比較して差別された地位におかれている。一方、原告次女は出生時より、原告長女も物心付かない2才のときから我が国に居住し続け、日本語を使用し、日本の文化になじんだ人格形成を行い、我が国の憲法で保障された男女平等、平和主義、自由主義に基づく教育を受けているところであり、言語、生活習慣、文化等の点で我が国とあまりにもかけ離れたイランでの生活になじむことが非常に困難であることは明白である。原告長女は、日本語を用いた学習により、その教育制度に適応してその中で優秀な成績を上げ、さらには高等教育を受けることを望み、その将来においては通訳等の職業に就くことを思い描いているものであり、原告長女及び次女がイランに帰国した場合、上記のような困難な事態が生ずるために、原告長女が学習を継続することは不可能であり、そのために原告長女は精神的に危機的状態に置かれ、自殺の危険さえ生じかねない。
    b 原告らの居住の自由の侵害
     外国人は、我が国に在留する権利を保障されるものではないが、外国人でも日本国にあってその主権に服しているものに限っては居住・移転の自由が及ぶものとされ(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁)るのであるから、在留資格を有しない者も、退去強制の合理性の判断なしに恣意的に住居の選択を妨害されない権利を憲法上保障されているというべきであるところ、法務大臣による本件各裁決は、原告らが日本に生活の基盤を有している事実を考慮せず、居住の自由を侵害する違法なものであり、この点に裁量権の濫用ないし逸脱がある。
    c 児童の権利に関する条約(以下「子どもの権利条約」という。)違反
     子どもの権利条約3条は、「児童に関するすべての措置を採るに当たっては、公的若しくは私的な社会施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定していることろ、前記aの状況にかんがみれば、我が国に在留することが「最善の利益」にかなうものであり、本件各裁決は、子どもの権利条約3条に違反するものとなる。
    d 原告らに在留資格を認めることが何ら国益を損なわないこと
     この点は、後記(2)イ(イ)(b)に記載のとおりである。
    e 公平原則違反
     原告らに先立ち、平成11年9月11日に在留特別許可を求めて集団出頭した外国人家族の中には、原告らと同様、小学6年に在学中の長女と5才の長男を含むイラン人家族が含まれており、この家族には平成12年2月に被告法務大臣より在留特別許可が付与されているところ、家族構成や日本での滞在期間等条件がほぼ同じ家族において異なった判断が下されるのは、公平の原則に反するといわざるを得ない。
    (2) 本件各退令発付処分の適法性について
    ア 本件各裁決の違法を承継することによる違法
     前記のとおり、本件各裁決が違法である以上、これに基づいてされた本件退令発付処分も違法なものということになる。
    イ 本件各退令発付処分独自の違法性(予備的主張)
    (ア) 退去強制令書発付処分が裁量行為であること
    a 法24条の規定
     法24条は「次の各号の1に該当する外国人については、次章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。」と規定し、これらは、単に退去強制事由を列挙したにすぎないと解するのは相当でなく、具体的な担当行政庁の権限行使のあり方をも同時に規定しているととらえるべきである。
     そして、同条の文言が、「することができる」と規定されていることによれば、裁量の幅がいかなるものかはともかく、24条各号に該当する外国人について、退去強制手続を開始し最終的に退去強制処分を発付するかについては、立法者が行政庁に対して一定の幅の効果裁量を認めたものというほかない。また、本件各退令発付処分のように侵害的行政行為であって、同処分が第三者に対する関係でも受益的な側面をもたないものについては、裁量の範囲自体は当該行政行為の目的等に従って自ずと定まるにしても、上記の法律の文言を裁量を示すものと解することに何ら支障がない。
    b 行政法の伝統的解釈からの説明
     行政法の解釈においては、伝統的に権力発動要件が充足されている場合行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方(行政便宜主義)が一般的であり、特に、外国人の出入国管理を含む警察法の分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序を維持することにあるから、その権限行使はこれを維持するための必要最小限度にとどまるべきであると考えられている(警察比例の原則)ところであり、退去強制令書発付について担当行政庁に裁量が与えられるということは、伝統的な解釈に沿うものである。
    c 退去強制令書発付処分についての裁量の必要性
     実際、退去強制令書の発付に裁量権を認めないと、本国及び市民権のある国に送還することができず、しかも第三国への入国許可を受けていない外国人など退去強制令書を発付しても執行が不能であることが明らかな場合にも、主任審査官は退去強制令書を発付しなければならないという背理を生ずる。
    d 手続の実際
     法第5章の手続規定を見ると、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されており(法47条4項、48条8項、49条5項)、退去強制についての実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記規定を介して主任審査官に与えられているというべきである。
    e 他の機関の裁量との関係
     退去強制の各段階で、統計上「中止処分」や「その他」といった分類がされる事案が存在するとおり、退去強制手続が開始されたからといって、必ずしも退去強制令書発付など法の定める終局処分を行わなくてもよい場合があり、違反調査の段階、違反審査の段階、口頭審理の段階、裁決の段階といった退去強制手続の各段階において、それぞれの担当者が裁量権を有していることは明らかである。そして、退去強制手続においては、退去強制の執行方法や送還先の指定を初めて行い、本邦から退去すべき義務を具体的に確定するものと解される点で、一連の手続において法が各行政庁に対して与えた裁量が集約しているものであるということができる。
     これらの事情によれば、退去強制手続を進行させるかどうかについては、国家の裁量権があり、その各段階においても担当者に裁量権があることから、その最終段階である退去強制令書の発付の段階でも主任審査官に裁量があることは明らかである。主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められており、比例原則に違反してはならないとの規範も与えられているのである。
    (イ) 比例原則違反
    a 比例原則
     比例原則違反は、法治国家原理、基本権の保障等を根拠とする憲法上の法原則であり、過剰な国家的侵害から私人の法益を防御することにあり、我が国でも、その根拠には諸説あるものの、権力行政一般について適用されることについては異論がないとされている。具体的には、適合性の原則(目的を達成するための手段が意図した目的達成の効果を持ちうること)、必要性の原則(目的を達成するための手段が当事者にとって最も負担の少ないものでなければならないこと)、狭義の比例性(手段と目的との均衡が取れていること、要するに、当該手段を用いることによって得られる利益が当該手段によって損なわれる利益を上回っていること)等が内容となる。
    b 本件における比例原則違反
    (a) 本件各退令発付処分により損なわれる利益
     本件各退令発付処分により、前記(1)イ(イ)aのとおり、原告らがイランに帰国し困難な生活を強いられること、原告長女・次女が物心付いてから慣れ親しんだ我が国の文化とはかけ離れたイランでの生活を行うこととなること等、本件各退令発付処分により損なわれる利益は極めて大きいといわざるを得ない。
    (b) 本件各退令発付処分により得られる利益
     原告らは、入国後、本件各退令発付処分の原因となった法違反以外には何ら法を犯すことはなく、善良な市民として地域社会にとけ込んだ生活を送ってきたものであり、原告らの本邦における在留資格を認めることにより、日本の善良な風俗・秩序に好影響を与えることこそあれ、悪影響を及ぼすことは想定し難い。すなわち、原告らは形式的には法違反という違法性を帯びた行為を行ってはいるものの、実質的な法益侵害に及んだ事実はなく、自ら入国管理局に出頭して違反事実を申告したものであり、このような者に在留資格を付与すること自体が直ちに在留し各制度の根幹を揺るがすとは考えられない。また、外国人をいわゆる「単純労働」を行う労働力として受け入れる必要性は高く、アメリカ、フランス、イタリアといった諸外国も非正規滞在者の大規模な正規化を行っているところであり、原告らに在留資格を認めないことによって保護されるべき国の利益は何ら存在しないといえる。
    (c) 小括
     以上によれば、本件各退令発付処分によって損なわれる利益と得られる利益とを比較衡量すると、前者の方がはるかに大きいのは明らかであり、本件各退令発付処分には比例原則違反があるといえる。
    第4 争点及びこれに関する裁判所の判断
     本件の争点は、〈1〉法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否、〈2〉本件各裁決における裁量権行使の濫用・逸脱の存否、〈3〉本件各退令発付処分の違法性の存否である。
    1 争点1(裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否)
    (1) 法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性
    ア 法49条1項の異議の申出を受けた法務大臣は、同異議の申出に理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(法49条3項)、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由あるとした旨の通知を受けたときは、直ちに当該容疑者を放免しなければならない一方で(同条4項)、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに当該容疑者に対しその旨を知らせるとともに、法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならないこととされている(法49条5項)。
     これらの規定によれば、法は、法務大臣による裁決の結果は、異議の申出に理由がある場合及び理由がない場合のいずれにおいても、当該容疑者に対してではなく主任審査官に対して通知することとしている上、法務大臣が異議の申出に理由がないと裁決した場合には、法務大臣から通知を受けた主任審査官が当該容疑者に対してその旨を通知すべきこととなっているが、法務大臣が異議の申出に理由があると裁決した場合には、当該容疑者に対しその旨の通知をすべきことを規定しておらず、単に主任審査官が当該容疑者を放免すべきことを定めるのみであって、いずれの場合も、法務大臣がその名において異議の申出をした当該容疑者に対し直接応答することは予定していない(なお、平成13年法務省令76号による改正後の法施行規則43条2項は、法49条5項に規定する主任審査官による容疑者への通知は、別記61号の2による裁決通知書によって行うものとすると定めているが、この規定はあくまで主任審査官が容疑者に対して通知する方式を定めたものにすぎず、法の定め自体に変更がない以上、この規則改正をもって法務大臣が容疑者に直接応答することとなったとは考えられない。)。こうした法の定め方からすれば、法49条3項の裁決は、その位置づけとしては退去強制手続を担当する行政機関内の内部的決裁行為と解するのが相当であって、行政庁への不服申立てに対する応答行為としての行政事件訴訟法3条3項の「裁決」には当たらないというべきである。
    イ このことは、法の改正の経緯に照らしても明らかである。すなわち、法第5章の定める退去強制の手続は、法の前身である出入国管理令(昭和26年政令319号)の制定の際に、そのさらに前身である不法入国者等退去強制手続令(昭和26年政令第33号)5条ないし19条の規定する手続を受け継いだものと考えられ、同手続令においては、入国審査官が発付した退去強制令書について地方審査会に不服申立てをすることができ(9条)、地方審査会の判定にも不服がある場合には中央審査会に不服の申立てをすることができ(12条)、中央審査会は、不服の申立てに理由があるかどうかを判定して、その結果を出入国管理庁長官(以下「長官」という。)に報告することとされ、報告を受けた長官は、中央審査会の判定を承認するかどうかを速やかに決定し、その結果に基づき、事件の差戻し又は退去強制令書の発付を受けた者の即時放免若しくは退去強制を命じなければならないものとされていた(14条)もので、この長官の承認が、法49条3項の裁決に変わったものと考えられる。そして、長官の承認は、中央審査会の報告を受けて行われるものとされていて、退去強制令書の発付を受けた者が長官に対して不服を申し立てることは何ら予定されておらず、長官の承認・不承認は、退去強制手続を担当する側の内部的決裁行為にほかならない。したがって、同制度を受け継いだものと考えられる法49条3項の裁決についても、退去強制令書の発付を受けた者の異議申出を前提とする点において異なるものの、その者に対する直接の応答行為を予定していない以上、基本的には同様の性格のものと考えるのが自然な解釈ということができる。
    ウ また、上記の解釈は、法49条1項が、行政庁に対する不服申立てについての一般的な法令用語である「異議の申立て」を用いずに、「異議の申出」との用語を用いていることからも裏付けられる。すなわち、昭和37年に訴願法を廃止するとともに行政不服審査法(昭和37年法第160号)が制定されたが、同法は、行政庁に対する不服申立てを「異議申立て」、「審査請求」及び「再審査請求」の3種類(同法3条1項)に統一し、これに伴い、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和37年法律第161号)は、それまで各行政法規が定めていた不服申立てのうち、行政不服審査法によることとなった行政処分に対する不服申立ては廃止するとともに、行政処分以外の行政作用に対する不服申立ては上記3種類以外の名称に改め、そうした名称の一つとして「異議の申出」を用いることとされた。
     他方、法の対象とする外国人の出入国についての処分は行政不服審査の対象からは除外されている(同法4条1項10号)とはいえ、上記のとおり行政不服審査法の制定に際して個別に不服申立手続について規定する多数の法令についても不服申立てについての法令用語の統一が図られたのに、法49条1項に関しては、従前どおり「異議の申出」との用語が用いられたまま改正がされず、法についてはその後も数次にわたって改正がされたにもかかわらず、やはり法49条1項の「異議の申出」との用語については改正がされなかった。そして、現在においては、法令用語としての「異議の申出」と「異議の申立て」は通常区別して用いられ、「異議の申出」に対しては応答義務さえないか、又は応答義務があっても申立人に保障されているのは形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を受けることだけである場合に用いられる用語であるのに対し、「異議の申立て」は、内容的にも適法な応答を受ける地位、すなわち手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権を認める場合に用いられる用語として定着しているということができる。したがって、数次にわたる改正を経てもなお「異議の申出」の用語が用いられている法49条1項の異議の申出は、これにより、法務大臣が退去強制手続に関する監督権を発動することを促す途を拓いているものではあるが、同異議の申出自体に対しては、被告の応答義務がないか、又は、応答義務があっても、形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を受けることが保障されるだけであり、申出人に手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものとは解されない(最高裁第1小法廷判決昭和61年2月13日民集40巻1号1頁は、土地改良法96条の2第5項及び9条1項に規定する異議の申出につき、同旨の判示をしている。)。
     よって、法49条1項の異議の申出に対してされる法49条3項の「裁決」は、不服申立人にそうした手続的権利ないし地位があることを前提とする「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」に対する行政庁の裁決、決定その他の行為には該当せず、行政事件訴訟法3条3項の裁決の取消の訴えの対象となるということはできない。
    エ さらに、法49条1項の異議の申出については、上記のとおり、申出人に対して法の規定により手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものと解することはできないのであるから、異議の申出に理由がない旨の裁決がこうした手続上の権利ないし法的地位に変動を生じさせるものということはできず、同裁決が行政事件訴訟法3条2項の「処分」に当たるということもできない(前記ウの最1小判参照。)。
    オ 以上によれば、法49条1項の異議の申出に対する法務大臣の裁決は内部的決裁行為というべきものであり、行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使には該当しないというべきものである。被告は、同裁決について裁決書が作成されていないことを認めているところであり、そのような事務取扱いが前記の規則改正に至るまで長年にわたって継続されていたことは、当裁判所に顕著な事実であるところ、この点も、裁決が内部決裁行為であることを基礎付けるものといえる(むしろ、上記解釈とは逆に裁決を行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使であると理解した場合、裁決書不作成の点を適法とするのは困難であるといわざるを得ない。)。
    (2) 退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量
     法24条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人については、法第5章に規定する手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めている。そして、いかなる場合において行政庁に裁量が認められるかの判断において、法律の規定が重要な判断根拠となることに異論はないというべきであり、法律の文言が行政庁を主体として「・・・することができる」との規定をおいている際には、その裁量の内容はともかく、立法者が行政庁にある幅の効果裁量を認める趣旨であると解すべきものであって、同条が退去強制に関する実体規定として、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否かについてはこれを担当する行政庁に裁量があることを規定しているのは明らかであり、法第5章の手続規定においては、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されている(法47条4項、48条8項、49条5項)と解されることからすれば、退去強制について実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、その結果、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められているというべきである。
     このような解釈は、行政法の解釈において伝統的に認められる行政便宜主義、すなわち権力発動要件が充足されている場合にも行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方や、警察比例の原則、すなわち、警察法分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序を維持することにあり、その権限行使はそれを維持するため必要最小限なものにとどまるべきであるとの考え方ばかりか、憲法13条の趣旨等に基づき、権力的行政一般に比例原則を認める考え方によっても肯定されるべきものである。
     このように主任審査官に裁量権を認めることに対し、被告は、法47条4項、48条8項及び49条5項が、いずれも「主任審査官は・・・(中略)・・・退去強制令書を発付しなければならない。」と規定していることに反する旨主張する。しかし、退去強制手続は、原則として容疑者である外国人の身柄を収容令書により拘束していることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中断し、放置することを許さないように、法47条1項、48条6項及び49条4項において、それぞれ容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなければならない」ことを定めるとともに、法47条4項、48条8項及び49条5項においては、退去強制に向けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」として主任審査官の義務として規定をおいたものと解され、これらの規定と法24条をあわせて解釈すれば、実体規定である法24条において退去強制について前記効果裁量及び時の裁量を認めている以上、主任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮してもなお退去強制手続を進めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せず、法の定める次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべきであり、このように法の各規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付についての裁量を認めることは、法47条4項、48条8項及び49条5項の各規定と何ら矛盾するものではない。
     また、被告は、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点から考えられない旨の主張をするが、前記のとおり裁決が行政処分ではなく、単なる行政機関内部における決裁手続にすぎないと解すべきであるから、その決裁の趣旨が退去強制令書の発付を命じる趣旨であるとしても、それは組織法上の義務を生じさせるにとどまり、それにより当該発付処分が適法となるのではなく、客観的に裁量違反ないし比例原則違反の事実がある場合には当該処分は違法といわざるを得ない。このことは処分庁が事前に上級行政庁の決裁を受けて行政処分をした場合一般に生じることであり、そのような決裁が行われたとしても、裁量権行使の主体は、あくまでも当該行政処分を行う行政庁であり、上級行政庁となるわけではないのである。
    (3) 以上を前提とすれば、法49条1項の異議の申出に対する裁決につきこの取消しを求める訴訟は、対象の処分性を欠く不適法なものといわざるを得ないこととなり、上記(2)のとおり、退去強制令書発付処分につき効果裁量、時の裁量が認められていることによれば、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無に加え、その裁量の逸脱濫用についても同処分の違法事由として主張し得ることとすべきであると解すべきである。このような解釈によれば、前記判示の解釈により法49条3項の法務大臣の裁決につき独立して適法に取消訴訟を提起することができなくなるが、法49条3項の裁決の取消訴訟で問題とされた法務大臣の裁量権行使の適否は、退去強制令書発付における主任審査官の裁量権行使の適否においてもほぼ同一の内容で審理の対象となるべきものであって、外国人が退去を強制されることを争う機会を狭めるものとはならない。むしろ、在留特別許可をするか否かの判断がたまたま法49条の裁決に当たってされるとの制度が採用されていることのみを捉え、本来全く別個の制度である在留特別許可の判断(法50条3項は、在留特別許可が、専ら退去強制事由に該当するか否かを判断してされる法49条の裁決とは本来的に異なる制度であることから、在留特別許可がされた場合には、あえて、それを法49条4項の適用につき異議の申出に理由がある旨の裁決とみなす旨を定めている。)の当否を法49条3項の裁決の違法事由として主張し得ることを認めるという無理のある解釈を採用する必要がなくなるものである。
    (4) 小括
     以上によれば、本件訴えのうち、原告らが被告法務大臣がした本件各裁決の取消しを求める部分は対象の処分性を欠く不適法なものというべきである。そして、そうである以上、争点2についての判断は不要ということになり、以下、争点3(退去強制令書発付処分の適法性)について判断することとなるが、法は、主任審査官の行うべき具体的な裁量基準を定めていないし、これまでの実務においては被告らが主張するとおり主任審査官には全く裁量の余地がないとの考え方がとられていたのであるから、行政庁内部においても裁量基準等は策定されていない。もっとも、法は、退去強制事由のある者を適法に在留させる唯一の制度として在留特別許可という制度を設けているのであるから、この趣旨からすると、主任審査官は在留特別許可をすべき者について退去強制令書を発付することは許されない反面、退去強制令書を発付しないことが許されるのは在留特別許可をすべき者に限られると解すべきである。そうすると、争点3についての判断内容は、争点2について判断した場合の判断内容と全く一致することとなる。また、被告らは、主任審査官には裁量権がないとの主張をしているため、本件各退令発付処分に当たってどのような裁量判断がされたのかも主張しない。これを形式的に取り扱うと、被告主任審査官は事の当否を具体的に検討しないまま結論のみ認めたものとして、その処分を取り扱わざるを得なくなるが、被告らは、被告法務大臣がした本件各裁決が適法なものであるとして具体的な主張をしているところであり、その主張は、仮に被告主任審査官に裁量権があるとするならば、同様の裁量判断に基づいて本件各処分をしたものであると主張しているものと善解できるから、以下の検討においては、被告主任審査官が被告法務大臣と同様の判断に基づいて本件各退令発付処分をしたものとの前提で行うこととする。
    2 争点3(本件各退令発付処分の適法性)
    (1) 事実関係
    a 来日の経緯
     原告は、1963年(昭和38年)8月23日にイランのテヘランで生まれ、1978年(昭和53年)に中学を中退した後、しばらく働いて貯めた金と父からの借金により、洋服の縫製会社を設立し経営を行ったが、イランイラク戦争等により政情・景気が不安定となり、会社を閉鎖せざるを得なくなった。その後、1983年から1985年まで兵役に服しイランイラク戦争に従軍した。そして、1986年には、原告妻と結婚したが、安定した職を得ることが難しく、原告長女も出生したものの、生活が苦しくなったため(この点については、乙第5号証、第13号証中には、やや異なった趣旨にも読める記載があるが、これらの証拠全体の趣旨や後掲各証拠に照らすと、上記認定に反するものではないと認めるのが相当である。)、日本に行きたいと考えるようになり、平成2年5月に来日した。当初は3ヶ月程度の短期間働き帰国するつもりであったが、当初働いたプラスチック会社で給料が約束どおりには支払われなかったことや、日本で職を得て生活が安定するうちに、次第に日本に長くいたいという気持ちが働いたこと、また、イランに戻っても職がないため、帰国する機会を失い、不法残留するに至った。
    (乙4、11、23、29、原告夫本人)
    b 原告らの生活の状況
     原告夫は、来日当初、群馬県安中市のプラスチック会社に勤務し、その後、別のプラスチック会社やパチンコ製造会社等に勤務したのち、平成5年1月からは内田基興において下水道配管工として稼働していたが、不法就労の発覚を恐れた社長からの勧めに従って、平成11年2月に同社を辞め、鉄骨組立ての請負業を始めるとともに、時には内田基興の下請けもし、本件処分当時には15万円から25万円の月収があった(平成10年において303万0400円の収入を得ている)。原告らは、平成4年3月ころから平成12年4月ころまでの間、群馬県藤岡市ij番地mのアパートに居住していた。
      (甲3、15、乙4、5、23)
     原告夫は、現在、友人のもとでアルバイトをし、月に17〜18万円の収入を得ており、平成12年5月に群馬県多野郡n町o番地の木造瓦葺2階建ての住居を賃借し、原告ら4名で生活している。
      (甲4、原告夫本人)
     原告長女は、平成7年4月、居住地の隣町である群馬県多野郡n町のn町第一小学校に入学し、平成13年4月には、同町立n町中学校に入学し、現在中学校3年生に在学している。原告長女は、本件処分当時はもとより、現在も原告夫・妻との会話も日本語で行っており、原告夫や妻が話すペルシャ語を理解することこそできるものの、ペルシャ語を話すこと、書くことはできない。原告長女と次女も日本語で会話をしている。原告長女は、服装もイランでは着用することが考えられない日本の女児が着る服を着用し、食事もカレー、すしなど日本の子供が好む食事を好みイラン料理は好まないし、交友関係や家族との関係もイランの習慣にはなじんでおらず、完全に日本の習慣になじんでおり、引き続き我が国に在留し、勉学を続けることを強く望んでいる。
      (甲5、21、22、44、乙40、原告夫本人、弁論の全趣旨)
     原告夫及び原告妻は、原告長女・原告次女に対してイスラム教のお祈りのことを教えたり、断食を行ったり、コーランを読み聞かせるといった宗教教育を行ってはいるものの、子供らが実際に宗教教育を行うことはなく、原告らがモスクに行くことなどもない。
    (原告夫本人)
     原告ら一家は、平成4年から本件処分の直前まで約8年間藤岡市において定住し、その間、本件処分事由以外には法に触れることもなく平穏に生活しており、平成14年2月には、原告夫及び妻が、財団法人日本国際教育協会及び国際交流基金が実施した日本語能力試験3級に合格し、また、原告長女・次女の学校・保育園の行事等には必ず参加するなど、地域にとけ込んだ生活を送っている。
    (甲17、18、原告夫本人)
     原告ら家族が住む群馬県多野郡n町は、人口が約1万2000人であり、うち外国人は300名程度である。町内にある上武大学経済学部への留学生が多いが、在留特別許可を得たイラン人も生活している。n町国際交流協会が、無料の日本語教室を行うなどしており、町としても外国人労働者やその家族を受け入れることになれており、抵抗が少なく、トラブル等も発生していない。
    (甲31)
    c イランの状況
    (a) イランにおける原告らの具体的状況
     原告夫の家族は、両親のほかに兄が1人、姉が2人、弟が3人イランで生活している。父は、本件各処分後の平成13年4月半ばに亡くなった。父は、生前、テヘラン市内でスーパーを経営していたが、現在は弟2人が同スーパーを経営している。
    (乙4、原告夫本人)
     原告夫は、平成8年ころまでに、日本円で合計300万円をイランにいる父に送金し、父を介して、イランの父の家の近くに中古の住居を購入した。しかし、その住居は、原告夫が収容されている間、原告妻らの生活資金が必要となったため、平成12年7月に売却され、現在、原告ら家族は、イラン国内に財産を有していない。
    (甲17、18、乙4、5、13、原告夫本人)
    (b) イランの一般的状況
     イランにおいては、イスラム教に基づく宗教的な戒律に厳しく規定された文化があり、戒律を子供に教える教本に基づき、幼少のころから戒律を身につけることが当然となっている。具体的には、女性は、ヘジャブ(謙虚な服装規定)が義務付けられ、頭髪を十分に覆い、化粧は禁止され、違反をした場合には罰金、鞭打ち等の刑を科せられ、自由に男性と話すことや自由に外出することはできないほか、家庭及び財産問題について法律上の差別がされている。また、食事等についても豚肉を食べることが禁じられたり、ラマダン(断食)の習慣があるなどの定めもある。
    (乙89、原告夫本人)
     イランの教育制度は、小学校が5年、中学が3年、高校が4年、大学が2年から4年といった制度となっており、中学校までが義務教育とされている。高校には80〜90パーセントの者が入学するが、その際には試験がある。通常の学校においてはペルシャ語ができない者のためのクラスなどは用意されておらず、一般家庭では負担することが困難な金額を支払って特別授業を受けるほかない。
    (乙89、原告夫本人)
     原告夫は、原告らの知人で原告長女と同年のEが日本からイランに帰国した後、学校で先生の話す言葉がわからず、授業が全然理解できないため、普通の学校には通わなくなったと聞いた。
    (甲21)
     平成14年1月16日に国際連合経済及び社会会議人権委員会においてされたイランにおける人権状況の報告によれば、イラン政府高官の公式な発表でも平成13年3月から7月にかけて失業率が13.7パーセントとされ、同年6月のある新聞報道によれば季節労働者や登録されていない失業者を含めれば25パーセントを超えていることが確実との報道があり、度重なる給料未払の事案や、大規模な労働者の一斉解雇等の報道もされている。
    (甲43)
    d 集団出頭の状況
     原告らは、平成11年12月28日に東京入管に出頭し、自己の不法残留事実の申告を行ったものであるが、原告らは在留特別許可を取得すべく、一斉行動として出頭したグループに参加しているものである。同グループは、第1次出頭者として5家族、2単身者の21名が同年9月1日に東京入管に出頭し、第2次出頭者として5家族、17名が平成11年12月28日に出頭した。
    (甲7、8)
     これらの家族等については、10家族、2単身者のうち、5家族に対して在留特別許可が認められ、「定住」の在留許可を得ている。在留特別許可を受けた家族の構成は、12才(小学校6年生)の女児と5才の長男をもつ夫婦や15才の長男を持つ夫婦等がおり、いずれも10年近く日本において生活しているものであった。
    (甲7、8)
    (2) 本件における主任審査官の裁量の適否
    a 判断のあり方−特に裁量基準との関係について
     前記1(4)で説示したとおり、主任審査官の裁量の適否は、要するところ、当該外国人が在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かについての判断を誤ったと評価し得るか否かにかかるところ、その判断自体にも裁量が認められるべきものであるから、裁判所としては、主任審査官の上記の点についての判断は裁量権の逸脱濫用があったか否か、すなわち、原告らにつき在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かの判断に当たり、当然に重視すべき事項を不当に軽視し、又は、本来重視すべきでない事項を不当に重視することにより、その判断が左右されたものと認められるか否かという観点から審査を行い、これが肯定される場合には本件各退令発付処分を取り消すべきものとするのが相当である。
     そして、主任審査官が本件各退令発付処分に当たり、いかなる事項を重視すべきであり、いかなる事項を重視すべきでないかについては、本来法の趣旨に基づいて決すべきものであるが、外国人に有利に考慮すべき事項について、実務上、明示的又は黙示的に基準が設けられ、それに基づく運用がされているときは、平等原則の要請からして、特段の事情がない限り、その基準を無視することは許されないのであり、当該基準において当然考慮すべきものとされている事情を考慮せずにされた処分については、特段の事情がない限り、本来重視すべき事項を不当に軽視したものと評価せざるを得ない。被告らは、この点について、裁量権の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として、当不当の問題が生ずるにすぎないと主張し、過去の裁判例にもこれを一般論として説示するものが少なくないが(例えば、最高裁大法廷判決昭和53年10月4日民集32巻7号1231頁)、このような考え方は、行政裁量一般を規制する平等原則を無視するものであって採用できない。
    b 長期間平穏に在留している事実の評価
    (a) 本件の特徴は、前記(1)の事実関係からすると、原告ら一家が10年近くにわたって平穏かつ公然と在留を継続し、既に善良な一市民として生活の基盤を築いていることにある。原告らは、この点を、有利に考慮すべき重要な事実であると指摘するのに対し、被告らは、これは原告らにとって有利な事実ではなく、むしろ、長期間不法在留を継続した点において不利益な事実であると主張する。このことからすると、本件各処分は、上記事実を原告らに不利益な事実と評価してされたものと認めざるを得ない。
    (b) しかし、上記の事実は、在留特別許可を与えるか否かの判断に当たって、容疑者側に有利な事情の第一に上げることが、実務上、少なくとも黙示的な基準として確立しているものと認められる。
     すなわち、このような在留資格を持たないまま長期にわたって在留を継続する者が相当数に上っていることは公知の事実であるが、そのような事態は相当以前から継続しているのであって、昭和56年の本法の題名を含む大改正の際にも、その解決策が国会で議論されたところである。例えば、昭和56年5月15日の衆議院法務委員会において、F委員がこれらの者のうち一定の条件を満たす者に適法な在留資格を与えるべきではないかとの立場から、「密入国してから十年以上くらい立った者、そしていま大臣のおっしゃるように社会生活も素行も生活水準も安定している者については、自主申告をした場合には検討に値する(在留を認めることを検討するに値するとの趣旨)というふうな水準だといわれておるのですが、いかがですか。」との質問をしたのに対し、当時の法務省入国管理局長は、「個々の事案につきましては、その不法入国者の居住歴、家族状況等、諸般の事情を慎重に検討して、人道的配慮を要する場合には特にその在留を認めているわけでございます。したがいまして、不法入国者が摘発されまして強制退去の手続がとられた後でも、法務大臣の特別在留許可がこういう場合には出るということになります。」とした上、それに続く同委員の質問に答えて、「潜在不法入国者のうちには、子供がいよいよ学齢に達したとか、そういう事情からみずから名のり出て、先生のおっしゃいましたいわゆる自主申告をする人がおります。こういう場合には、私どもといたしましては、当然、情状を考慮するに当たりましてプラスの材料と考えております。」と答弁し、さらに当時の法務大臣は、「特別在留許可あるいは永住許可をもらえるのはどういう人であるかというある程度の基準が明らかになってくることも、私はいまのようなお話を伺っていますと大切なことじゃないかなと思います。これまでやってきたことを振り返ってみて、まとめるのも一つかなと、いまお話を伺いながら考えたわけであります。さらに、個々の事案について処理する場合にも、従来以上に人道的な配慮を加えていくことも一つの転換になるんじゃないかな、こう思うわけでございまして、私としてはできる限り人道的な配慮というものを重く見ていきたいな、こう思っております。」と答弁しているのである(同日付け衆議院法務委員会議録第14号3ないし4頁)。
     また、このときの法改正によって法61条の9及び10が新設され「法務大臣は、出入国の公正な管理を図るため、外国人の入国及び在留の管理に関する施策の基本となるべき計画(出入国管理基本計画)を定めるものとする。」、「法務大臣は、出入国管理基本計画に基づいて、外国人の出入国を公正に管理するよう努めなければならない。」と定められ、これに基づいて本件各処分前の平成12年3月24日に策定された「出入国管理基本計画(第2次)」(法務省告示149号)V
    2(2)には、「在留特別許可を受けた外国人の多くは、日本人等との密接な身分関係を有し、また実態として、さまざまな面で我が国に将来にわたる生活の基盤を築いているような人である。より具体的な例としては、日本人と婚姻し、その婚姻の実態がある場合で、入管法以外の法令に違反していない外国人が挙げられる。法務大臣は、この在留特別許可の判断に当たっては、個々の事案ごとに在留を希望する理由、その外国人の家族状況、生活状況、素行その他の事情を、その外国人に対する人道的な配慮の必要性と他の不法滞在者に及ぼす影響とを含めて総合的に考慮し、基本的に、その外国人と我が国社会とのつながりが深く、その外国人を退去強制することが、人道的な観点等から問題が大きいと認められる場合に在留を区別に許可している。」と明記している。この趣旨は、我が国において将来にわたる生活の基盤を築き、在留中の素行に問題がなく、その外国人と我が国社会とのつながりが深いことは、在留特別許可を与える方向に考慮すべき事情としているものと認めることができよう。そして、原告らと同日に入管当局に出頭した家族に在留特別許可が与えられていることも、上記事実を有利に考慮した結果であると考えられるところである。
     これらによると、上記のように適法な在留資格を持たない外国人が長期間平穏かつ公然と我が国に在留し、その間に素行に問題なくすでに善良な一市民として生活の基盤を築いていることが、当該外国人に在留特別許可を与える方向に考慮すべき第一の事由であることは、本件処分時までに黙示的にせよ実務上確立した基準であったと認められるのであり、本件処分は、これを無視したばかりか、むしろ逆の結論を導く事由として考慮しているのであって、そのような取扱いを正当化する特段の事情も見当たらず、しかも、それが原告らに最も有利な事由と考えられるのであるから、当然考慮すべき事由を考慮しなかったことにより、その判断が左右されたものと認めざるを得ない(このような場合に、その点を適切に考慮したとしても、他の事情と総合考慮したとすることにより、当該処分が客観的には適法なものと評価し得る場合もあり得るところではあるが、そのような事情は処分の適法性を主張する被告らにおいて、予備的にせよ主張・立証すべきものであって、被告らがそのような主張立証をしない場合には、裁判所としては、自ら積極的にそれらの点を審理判断することはできず、当該処分を取り消して、再度判断させるほかない。)。
    (c) 以上によると、本件各処分は、上記の事項の評価を誤った点のみからしても、裁量権を逸脱又は濫用してされたものとして取り消されるべきものであるが、被告らが本件処分の相当性につき積極的に主張している2つの事由についても、その判断内容に社会通念上著しく不相当な点があり、それらの点は本件各退令発付処分の相当性を基礎付けるものとは考え難いので、念のため、c及びdで説示するとともに、本件各退令発付処分は、比例原則の観点からも是認できないことをeにおいて説示する。
     なお、被告らは、昭和54年の最高裁判決を引用して主張しているが、同判決も上記事項を外国人に有利な事情として考慮することを否定しているものではないと解すべきであるし、仮にそうでないとしても、この判決後に黙示的にせよ裁量基準が確立している以上、この判決は上記の判断に影響を及ぼすものではない。
    c 本国に帰国した場合の原告らの生活
     被告らは、原告夫及び原告妻の親兄弟が本国イランに在住していること、及び原告夫名義の自宅を本国において購入していることの2点を根拠として原告らが本国に帰国しても生活に支障はないと主張している。
     しかし、原告夫及び原告妻の親兄弟の職業や収入状況等は明らかでなく、帰国した原告らにどの程度援助をし得るかも明らかではない。また、自宅が存在することから当面居住する場所を確保し得ると被告らは判断したと思われるが、原告らが収入を得る途については何ら考慮が払われておらず、原告らが特段の技能を有するものでもなく、原告夫が本件処分時37才であり、10年近くも本国を離れていたこと、本国においては失業率が高い状態が続いていることからすると、むしろ、原告らが本国に帰国した場合には、その生活には相当な困難が生ずると予測するのが通常人の常識にかなうものと認められる。
     そうすると、被告らの上記指摘は、十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。
    d 帰国による原告長女及び原告次女への影響
     被告らは、原告子らが未だ可塑性に富む年代であることを根拠に両親とともに帰国することがその福祉又は最善の利益に適うと主張する。
     しかし、被告らの上記主張の根拠は極めて抽象的なもので、我が国で幼少から過ごした原告子らが、言語、風俗及び習慣を全く異にするイランに帰国した場合に、どのような影響を受けるかについて具体的かつ真摯に検討したものとは到底うかがわれない。特に、我が国とイランとにおける女性の地位には、前記認定のように著しい差異があり、イランの女性が法律上も事実上も男性よりも劣った地位におかれていることを耐え得るのは、宗教教育等により幼少時からそれをやむを得ないものとして受け入れていることによるところが大きいと考えられるのである。これに対し、原告子ら、特に原告長女は、本件処分当時12才であり、その年齢まで一貫して我が国社会において男子と対等の生活を続けてきたのであるから、本国に帰国した際には、相当な精神的衝撃を受け、場合によっては生涯いやすことの困難な精神的苦痛を受けることもあり得ると考えるのが、通常人の常識に適うものと認められる。
     そうすると、被告らの上記主張も十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。
    e 比例原則違反
     法は、本法に入国し、又は本法から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図ることを目的としているものであり、退去強制令書が、入国審査官の退去強制事由該当の認定に服した(口頭審理の請求をしない旨記載した文書に署名した)者(47条4項)、口頭審理において入国審査官のした認定に誤りがない旨の特別審理官の判定に服した者(48条8項)、法務大臣により法49条1項の異議の申出に理由がない旨の裁決を受けた者(49条5項)に限って発付され、退去強制事由に該当する者の送還を行うのに不可欠なものであることにかんがみれば、退去強制令書の発付処分は、法が目的とする出入国の公正な管理のために重要な役割を持っているものであると認められ、本件各退去強制令書発付処分を行い、もって出入国管理の適正を図る必要性があるという側面は否定し得ない。
     しかし、原告ら家族は、日本では、在留資格を得られない苦しい状況の中、家族4人での生活の基盤を築いたものであり、その基盤は、在留資格を得られることによりさらに強固になることが予測され、自治体やこれまでの勤務先も、在留資格を得られることを条件に、原告らを受け入れ、正式に支援する体制が築かれている。また、同人らは、法違反以外に何らの犯罪等を行ったことはなく、社会にも積極的にとけ込んでいるといえる。また、原告夫の在留期間は、処分時で約10年、現在で約13年と、本邦に長期在留していると評価しうる期間に達している上、原告ら家族は、子供がいずれも学齢に達し、また、在留資格を有しないことによる不利益も多いことから、悩んだ末、やむにやまれず自ら不法残留事実を自己申告したものであり、前記(2)bによれば、これらの事情は、原告の在留資格付与にとって有利な事情というべきである。
     また、前記認定の事実によれば、原告ら家族は、原告夫が相当期間収容され、その後も本訴が係属中との事情もあるため、現在、原告夫のアルバイトでの十数万円という収入での家族4人の生活を維持せざるを得ない状況にあるため、イランへ送還されると当座の費用をまかなうだけの蓄財もないことは容易に推認できる。また、イランの一般的な経済状況や原告が10年以上イランを離れていたこと等にかんがみれば、原告夫に職が見つかる可能性は低く、原告らは、イラン国内に有していた自宅を原告夫の収容中の生活費に充てるために売却したことから(甲16)、居住用の不動産を所有しておらず、また、原告夫の兄弟による支援の可能性は否定し得ないものの、その生活状況等からみれば多くの支援は期待できないとみるのが自然であり、帰国した際には、直ちに家族4人が路頭に迷う蓋然性があるといえる。
     特に、2歳のときに来日し、10年以上を日本で過ごした原告長女は、上記のとおり、その生活様式や思考過程、趣向等が完全に日本人と同化しているものであり、イランの生活様式等が日本の生活様式等と著しく乖離していることを考慮すれば、それは単に文化の違いに苦しむといった程度のものにとどまらず、原告長女のこれまで築き上げてきた人格や価値観等を根底から覆すものというべきであり、それは、本人の努力や周囲の協力等のみで克服しきれるものではないことが容易に推認される。原告長女は、現在、日本の中学で勉学に励み、日本の生徒と遜色のない成績を修めているが、イランに帰国した場合には、在学を維持することにすら相当な困難が伴い、就職等に際しても、日本で培われた価値観がマイナスに作用することが十分考えられる。
    原告次女については、原告長女よりは年少であり、相対的には適応の可能性が高いとみることもできるであろうが、それが容易でないことも明らかというべきである。この点において、G証人の日本で生まれたり日本で育ったイスラム教徒の子供が、イスラムに帰るということは死ねと言うに等しいという趣旨の証言は、十分傾聴に値するものというべきである。前記の子どもの権利条約3条の内容にかんがみれば、この点は、退去強制令書の発付に当たり重視されるべき事情であるといえる。
     以上によれば、退去強制令書の発付及びその執行がされた場合には、原告ら家族の生活は大きな変化が生じることが予想され、特に原告長女に生じる負担は想像を絶するものであり、これらの事態は、人道に反するものとの評価をすることも十分可能である。
     そして、前記のような不法在留外国人の取締りの必要性があることは確かではあるが、不法残留以外に何らの犯罪行為等をしていない原告ら家族につき、在留資格を与えたとしても、それにより生じる支障は、同種の事案について在留資格を付与せざるを得なくなること等、出入国管理全体という観点において生じる、いわば抽象的なものに限られ、原告ら家族の在留資格を認めることそのものにより具体的に生じる支障は認められない。仮に、原告らと同様の条件の者に在留特別許可を与えざるを得ない事態が生じたとしても、原告らのように長期にわたって在留資格を有しないまま在留を継続し、かつ、善良な一市民として生活の基盤を築くことは至難の業というべきことであるから、そのような条件を満たす者に在留特別許可を与えることにどれほどの支障が生ずるかには大いに疑問がある。本件においても、原告らの在留資格付与の要否について、在留期間や生活の安定性、自己申告の有無に加え、イランに帰国した場合どのような事態が予測されるか等を考慮した上で検討を行っているものであり、他の者についてもこれと同様慎重な判断を行った場合には、前記のような出入国管理全体という観点からも著しい支障は生じないというべきであろう。このことは、現に、前記判示のとおり、被告法務大臣が、原告と特段の事情の差異が認められない家族について、在留特別許可を行っているところからしても明らかである。
     以上によれば、原告ら家族が受ける著しい不利益との比較衡量において、本件処分により達成される利益は決して大きいものではないというべきであり、本件各退去強制令書発付処分は、比例原則に反した違法なものというべきである。
     このような原告に著しい不利益が生じることが予測される状況の中、原告らにこのような不利益を甘受せよというには、被告が主張するように、不法な在留の継続は違法状態の継続にほかならず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのものではないとの考え方に拠るほかないが、このような考え方が援用できないことは前記bに説示したところである。また、在留特別許可の制度は、退去強制事由が存在する外国人に対し、在留資格を付与する制度であり、その退去強制事由から不法残留や不法入国が除外されていることなどはないのであるから、法は、不法入国や不法残留の者であっても、一定の事情がある場合には在留資格を付与することを予定しているものとみることもでき、単純に、不法在留者の本邦での生活が違法状態の継続にすぎないとしてそれを保護されないものとするのはあまりに一面的であり、当該外国人に酷なものであるといわざるを得ない。
     在留資格を有しないことによる多くの不利益の中、自己や家族の生活の維持に努めながら、帰国しなければという思いと本邦での生活に完全にとけ込みながら成長していく子供の成長等の狭間で長期間にわたり自らの状態等に悩みながら生活していた原告夫及び妻の心中は察するにあまりあるものであり、当人らとしても違法状態を認識しながらもいずれの方法も採り得なかったというのが正直なところであると思われる。乙第79号証の1、2、第90号証の1、2、第91号証の1、2によれば、入管当局としても不法滞在外国人の取締り等を可能な限り行っていることは認められるが、本件に限ってみても外国人登録の際や小学校・中学校への入学時など、原告らが公的機関と接触を持っている期間は多数あり、そのような場面での取締りが制度化しておらず、取締りが行われなかったことで長期化した在留について、その非をすべて原告に負わせるというのは無理があると考えられる。
    (3) 小括
     以上によれば、本件各退令発付処分は、前記(2)bのとおり、既に確立した裁量基準において原告らに有利に考慮すべき最重要の事由とされている事項を、原告らに有利に考慮しないばかりか、逆に不利益に考慮して結論を導いている点において、裁量権の逸脱又は濫用するものであるし、前記(2)c及びdとおりその相当性の根拠として積極的に主張された点は、いずれも十分な根拠に基づかない独断といわざるを得ないから、その相当性を基礎付ける事由も認定することができず、しかも、前記(2)eのとおり、比例原則にも反するものであるから、これを取り消すべきものと
    するほかない。
    第5 結論
     以上によれば、原告らの被告法務大臣に対する訴えは不適法であるからこれを却下することとし、原告らの被告主任審査官に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、被告法務大臣は本訴において勝訴しているものの、被告主任審査官の本件処分を実質的には事前に決裁しているものとみるべきことを考慮し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、62条、64条ただし書、65条を適用し、主文のとおり判決する。
    民事第3部
     (裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭 裁判官菊池章は、転官のため署名することができない。裁判長裁判官 藤山雅行

 
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